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復章
得体の知れない怪鳥の声を聞いた気がして、わたしは振り返った。
露台に続く扉には硝子がはめられていて、その向こうに、揺れる枝葉の影が見える。鳴き声に聞こえたのは、夜風の唸りだったらしい。
文机の上に、手にしていた筆を置く。立ち上がって肩掛けを羽織り、硝子戸に歩み寄った。吹きこんでくる風に逆らって扉を押し開き、「いるのでしょう」と呼びかけてみる。
返事はない。
吹きさらしの露台へ踏み出すと、隙間風が入ったか、部屋の中の灯火が消えた。と同時に、走る雲が月を覆って、辺りはほとんど完全な闇に包まれる。
それを待っていたかのように、間近で男の声がした。
「相変わらずの宵っ張りだな」
男の姿は、闇に溶けこんで見えない。
「ご無沙汰だったのね。北湖国へ行っていたの?」
「旦那から聞いたのか」
「まさか。そうじゃないかと思っただけ。ねえ、話を聴かせて。音に聞こえし鏡の都、どんなにか美しかったことでしょう」
「残念だが、またすぐに出かけなければならないんだ」
そう、と落胆してつぶやき、しかしすぐに、わたしの脳裏に新たな希望の光が浮かんだ。闇を見上げ、少しばかり勢いこんで尋ねる。
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