第2章 面影

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 しばし川面のきらめきを眺めていたユウは、再び木笛を口にあてがい、また同じ曲を吹き始めた。  ごく簡単な曲はいくつか吹けるようになったが、今練習している童謡は、一筋縄ではいかない。二月ばかりも秘密の特訓をしているが、とても他人に聞かせられるような出来映えではなかった。それでも、マツバ姫とイセホが幼いころによく一緒に歌った曲と聞けば、あきらめるわけにはいかない。絶対に会得して、二人の前で披露するのだと心に決めている。  引っかかるのは、いつも同じ箇所だ。ユウはその苦手な節を、繰り返し繰り返し吹き直す。  何回目の「もう一度」のときだったか。ふと、妙な感覚に襲われた。音が二重になって聞こえる。それも同時ではなく、わずかにずれて、追走してくる影の音色がある。  最初は小鳥のさえずりかと思ったが、彼女が吹くのを止めれば影も止まるのだ。吹き始めれば、寄り添うようにまた現れる。音の出所は、ごく間近だ。 「誰だっ?」  それが誰かの口笛であるらしいことにようやく気づいて、ユウは岩の上に立ち上がった。前には川しかない。左右、後ろの草むらにも木陰にも、人の気配はない。  虫の羽音が耳のあたりにまといつき、頭を振って追い払う。  気のせいだったのだろうか――。  自分の聴覚へわずかな疑いを抱いたとき、     
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