一人と一匹(2)

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 だから顔もどんな人間だったのかも全然知らない。ただ、匂いは憶えてる。リーエの寝室の隅に戸棚があって、中に小箱が入っている。その中身はお袋さんの髪のひと房。  人間は死んだら夜を待って死体を焼く。「夜の黄盆(つき)へ還す」んだそうだ。そこに魂の居場所があって、そこから来てそこへ還っていくのが正しいって考えらしい。犬にはよく解らん。  相棒は時々小箱の中身を眺めてる。お袋さんとは、そん時にちょっと匂いを嗅いだだけの間柄だ。  親父さんは生きてるぜ。だが、たまにしか帰ってこない。  シェラードって名前の親父さんは、交易商人をしてる。このステインガルドのあるイーサル王国の王都スリッツから、南のメルクトゥー王国の王都ザウバへ行ったり来たりの暮らしな訳だ。だから、イーサルに帰ってきた時、何()かだけ家に帰ってくる。  シェラードもやっぱりこのステインガルドの生まれで農家の長男だったんだが、『倉庫』能力者なんだとさ。特殊な魔法で物を出し入れできる能力だ。  だもんで、親父さんはその能力を活かして交易商人に弟子入りした。二十~三十人に一人くらいしか出ない能力だから重宝される。農家を継ぐよりゃそっちのほうが実入りが良いって寸法。下に兄弟もいたから気を遣った部分もあるんだろうな。     
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