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目が合うと、照れたように微笑んで私の頬を手の甲ですっと撫でた。触れられた場所からゆっくりと熱を帯びていく。なにかの魔法みたいに。
ぼおっとしてしまったわたしを穏やかな瞳でみつめたあと。残っていた日本酒を一気に飲み干し、コートを手に取った。
「ま、いいや。とりあえず店から出ようか?」
「もう、ですか?」
神谷さんは片方の眉をあげてサラリーマンで混み合う店内へ視線を投げた。
「うん。もう行く」
そういってコートを着てしまったから、慌てて身仕度を整えて、約束どおり私が会計をする。ほとんど頼んでいなかったから、驚くほど安かった。
レジの前にいる間、ちらりと後ろをふりかえる。混みだした店内に、健史の姿は紛れてわからなかった。思わず吐息をつく。なんて間が悪かったんだろう。ここで鉢合わせしてしまうなんて。
「理名」
神谷さんに名前を呼ばれはっとした。目があうと何かを問いかけるように私をみつめていたけれど、表情をそっと緩めた。
「ごちそうさま。ありがとう」
「ファミレスでランチしたくらいの値段でしたよ。なんだかすいません」
「値段は関係ないでしょ。気持ちが大事だから」
わたしの手をとって大きな掌に収めたあと、ぎゅっと握りしめ歩きだす。
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