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エレベーターが1階からあがってくるのを並んで待っていると、神谷さんが横で、ぼそりと呟いた。
「あのさ」
「はい?」
見上げると、なんだか複雑な表情をした神谷さんが私をみつめていた。困っているようで、もう意志は決めている、みたいな。目があうと、そっと口許を緩めた。
「俺のことを神谷さんって呼ぶのやめて。仕事の延長みたいだし。名前を呼び捨てにしてよ」
いきなりそんなことを言われても。繋いでいた手を握りしめてしまった。
「よ、呼び捨て? ……ムリ」
「なんでムリ? 俺は呼び捨てにしてんのに」
軽く睨んでくるから、だって……と小さい声でつぶやく。
「神谷さんは私よりずっと年上だからいいんです。でも私が同級生みたいに神谷さんを呼び捨てとか……」
その言葉に神谷さんが目を見開いた。
「……同級生、ね」
口を滑らした! すぐにそう気づいたけれど遅かった。すかさずへえ、と小さく呟いて、あまりみたことがないクールな表情で微笑んだあと、私を強い瞳でみつめてきた。
まるで肉食動物に睨まれてしまった獲物みたいな気分。それなのに怖くない。怖いどころか、いままで味わったことがない被虐的な感情が疼きはじめ、墨を焼くみたいにじわじわと全身にひろがっていく。
無意識のうちにごくりと息をのみこんでしまった。
「そっか。そりゃ呼び捨てだよね。なんだっけ、あいつの名前。たけし、だっけ?」
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