恋 人

15/19
前へ
/249ページ
次へ
「え? あの、その……」    さらに追い込まれてまごつく私に、神谷さんはすっと目を細め、畳み掛けてくる。 「それなら余計呼び捨てで呼んでもらわないと。あ、俺の名前を知らない、とかいわないよね?」 「……知らないわけ、ないじゃないですか。大介、ですよね」 「できるじゃん、呼び捨て」 「これは呼び捨てじゃなくて、ただの確認ですから!」    そんなことをいいあっているうちに、チンと音がしてエレベーターのドアが開いた。数人の男女が降りてきて、賑やかな会話に話が中断される。  いつもと違ってすこし意地悪な神谷さんに緊張していたから、会話が途切れたことに、どこかホッとしてエレベーターに乗りこむ。    ゆっくりドアがしまって。ふたりきりの空間になったとたん、繋いでいた手を強く引かれた。 「か、神谷さん?」    気づいたら、もう彼の腕のなかにいた。 「……だから、下の名前で呼んでっていっているのに」    掠れた声でそう耳元で囁かれて肩がピクリと揺れてしまう。大きな手のひらが私の頬を包み、顔を上に向かされて。ほんの少し苦しげに瞬く瞳に釘付けになる。    そのまま、ゆっくりと唇を塞がれた。
/249ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1324人が本棚に入れています
本棚に追加