1人が本棚に入れています
本棚に追加
「だってね。アイドルって、お客さんに夢を見てもらうのがお仕事じゃない。普段は缶ビールを飲みながら屋台で串カツとどて煮を食べているなんて知られたら、応援してくれるファンのイメージを壊しちゃうからと思って、わざと濃いメイクをして変装していたの」
「でも僕には、どうして《ホクト》って、正体がバレるような自己紹介をしたの?」
「貴方は、地下アイドルのライブに来るタイプじゃなさそうだから、ファンの人に情報が漏れたりしないと思ったの。」
彼女なりに、考えた上での行動だったのだろう。でも、本当に好きな事なら。
「本当に好きな事なら、隠すのは逆に不自然じゃないかと、僕は思う」
「でも……やっぱり……ごめん、あたし今日はもう帰るね」
結局、彼女も僕もいつもの半分も食べないで屋台を後にした。帰り際に屋台の親爺が、なんや兄ちゃん痴話喧嘩か?とか声を掛けてきたような気がするけれど、よく覚えていない。ただ、ホクトとはもう会えないのかもしれない。そんな気がしていた。
翌月の二十八日。
僕は独りで串カツ屋台の前に立っていた。ちびちびとビールを飲みながら周りを気にしていたが、彼女は来ない。
やっぱり、彼女はもう来ないんだな。……仕方がないさ。元々自分独りで食べていた頃に戻っただけなんだ。さあ、食べよう。
最初のコメントを投稿しよう!