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「男の人に対してあんな気持ちになったのは初めてだった……。それなのにあなたからのプロポーズを断ったり外国に逃げたり……、自分でも随分遠回りしちゃったなって思うわ」
「だけど君にはその遠回りの時間が必要だったんだろ」
「うん……」
昔と変わらず、常に自分を理解し受け入れてくれる一砥の言葉に、花衣は嬉しそうに頷いた。
「そうね、必要だった。だけどそれでもし、あなたに愛想を尽かされてしまったとしたら、私、一生悔やんでも悔やみきれなかったと思う」
両手を夫の右腕にからめ、花衣は甘えるようにその腕に頭を預けた。
「デザイナーとして独り立ちする勇気を持てたのも、高蝶の家に戻る覚悟を決めたのも……。全部、あなたが側にいてくれたから。私が今ここにこうして立っているのは、あなたが隣で支えていてくれるから……」
どこか逼迫したような響きで、花衣は「一砥さん」と夫の名を呼んだ。
「これからもずっと、側にいてね。私は簡単に諦めたり後ろ向きになる性格だから、根っからネガティブな人間だから、だからあなたがいつも側にいて、叱咤して欲しい。大丈夫だ、負けるな、逃げるな、俺がついてるって、そう言って欲しい……」
気がつくと、一砥の腕を掴む花衣の手はかすかに震えていた。
一砥はそれでようやく気づいた。
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