最終話「あなたがいるから」

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 女性として仕事人として大きく花開き、世界に飛び立とうとしている彼女はけれど、今も何も変わっていなくて、震えながら「お金が必要なんです」と訴えた、本当は臆病な少女のままなのだと。  カメラのフラッシュを浴びる華やかなステージに立つ彼女を見て、遠くに行ってしまったと感じたのは間違いで、彼女をあそこに立たせたのは他でもない自分なのだと、一砥は今ようやく気づいた。  そして理解した。  自分もいつの間にか、花衣の存在こそが生きる原動力になり、彼女を失っては全てのことが無意味になってしまうことに。  なぜか胸がいっぱいになって涙まで零れそうになりながら、一砥は震える花衣の手を強く握り返した。 「分かった。これからもずっと君のそばにいる。約束する」 「……ありがとう」  花衣はホッとしたように微笑み、そして小さな声で、言った。 「忘れないで……。あなたと出会って、あなたが今ここにいてくれるから、私はここにいるの……」 「うん……」  その心から発せられた言葉を強く噛みしめ、一砥は素直に頷き、二人は互いの手を握りあったまま、そっと額と額を合わせた。  会場の中では賑やかな音楽が流れ、人々が笑い語り合う声が響く。   柱の影に隠れるように立つ二人に目を止める者はない。  ただ白く朧げな月だけが、春の夜空に浮かんで彼らを見下ろしている。     
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