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父さん、帰って来てたんだ――。
「あんまりほえるんで、さんぽかな、と思ったんだ。それで、リードにつなごうとしていたらにげちゃってね」
「えっ。そ、そう」
声が出た。体もうごかせるみたいだ。
ぼくは、すわりこんでいて、タロウとだき合う形になっていた。しっぽふりふりでタロウがぼくの顔をなめてくる。
お姉さんは、もう、いない。
だるいというより、力がぬけた。
今の、なんだったの?
まったく。なにがなんだかわからなかった。
「なんだ、なめられっぱなしだぞ。どうしたんだ?」
父さんが聞いてくる。どうやら、父さんはお姉さんを見ていないらしい。
「ううん、べつに。なんでもないよ。……つりは、どうだった?」
うまくせつめい出来そうになくて。まぎらわすよう、どうでもいいことを聞いた。
「つり?」
父さんが目を丸くした。
「……あぁ、つりね」
と、なせだか父さんはくしょうする。
「魚はつれなかったよ」
青竹をつかって組んだばかりの新しいたなに、しおれたつるやはっぱがからまっていた。それを見やりながら、父さんはタロウにリードをつけた。
タロウがぼくの顔をなめるのをやめ、父さんを見ながらぎょうぎよくすわり直す。
「よしよし」
父さんがなでてやると、しっぽをくるりとやったタロウが気のせいかむねをはった。
「魚はつれなかったけれど。かわりに、まんじゅうがつれたよ」
と、父さんはじょうだんぽくわらった。
「えっ」
まんじゅう?
ぼくもタロウをなでてやろうとしていたけれど。その手が、止まる。
お姉さんがくれたまんじゅうが頭にうかんだ。その後のことも思い出して、きんちょうした。顔をしかめた――と思う。
「なんだ。まんじゅうは、きらいだったか? ふんぱつしたんだけどな。そうかぁ、ドーナツの方がよかったかな。うぅん。それとも、ここはプリンだったかな。……こくとうまんじゅうなら、どうだったろう」
父さんは、まじめな顔で考えるふう。
ぼくは、気がぬけてわらってしまう。
「ま、いいか。こんど、すきなのを買ってあげるよ。……まだ少しのこってるな。タロウをそのへんにつないで、てつだおうか?」
父さんが聞いてきた。
なえの入ったビニールポットが五つのこっていた。
「ううん。平気だよ。まかせてよ」
言いながら、立ち上がった。力がもどってきたかんじだ。
なんだろう。ぼくは、すごくあんしんしていた。
うん。あんしんしていた。
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