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ただ、文字通り『体は大人で頭脳は子供』なんともアンバランスだ。
結局、彼は今も病院にいる。一応、経過待ち……という事らしいが、おかげさまで裁判もまともに出来そうにない。
『被疑者の幼稚退行』
これで幕引きかと思うと、やはり少し思うところがある。しかし、これも紛れもない事実の一つだ。
「それにしても、本当に律儀な子ですね。もしも『ゆき』が生きていたら……友達になって欲しかったくらいです」
そう呟きながら写真立てへと目をやった。写真立ての中の妹たちはいつも微笑んでいる。
「まだ、もう少し待っていてください。もう少し思い出を作ってから会いに行きます」
思い返してみれば、賢治は妹に……ゆきに『ナポリタン』を作った事はない。
「まず、向こうで久しぶりに会ったら食べてもらいましょうか」
なにせ『ナポリタン好きの女性』オススメだ。しかも、ゆきと同年代。きっと気に入ってくれるはず……。
「さて、準備を始めますか」
賢治は送られてきた手紙を丁寧に戻し、その写真立ての横にソッと置き、外へと繰り出した。
「ふぅ、寒いですね」
見上げた空は晴天だが、少し肌寒さが出てきている。それでも冬はまだ先だ。
でも、あの時から少し苦手で見る事も嫌だった『雪』は、今年降ればちゃんと見る事が出来る。
「おや、おはようございます。寒くなってきましたね」
「あっ、おはようございます。そうですね。だいぶ寒くなりました」
ここに来て大分経った。今では賢治の姿を見れば近所の人たちが声をかけてくれる。
「また後で珈琲を飲みに行くね」
「はい、お待ちしております」
笑顔で別れた後、賢治は空を見上げ、小さく息を吐きそのまま店内へと戻った。
両親と妹に再び会うまで『喫茶店』は続けよう。そして、今度会う事が出来たのなら、彼女たちに自分の料理を披露しようと思う。
もう一度、笑顔で過ごすために――。
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