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「…………」  そして、口に入れた瞬間――――。 「懐かしい」  そんな言葉が知らないうちに出ていたらしい。 「懐かしい……ですか」 「あっ」  夢莉はすぐに自分の口を手で押さえた。 「そこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃありませんか」 「いっ、いえ。その……」  賢治はそう言ったけれど、夢莉は「恥ずかしい。口に出すつもりなんてなかったのに」と言わんばかりに下を向いた。 「懐かしい。思い出の味があるというのは何も恥ずかしい事ではありませんよ」  賢治はそう言っているものの、夢莉としては『自分が無意識に出していた』感想がポロッと口からこぼれて、それが聞こえてしまった事がとても恥ずかしかったのだ。 「すっ、すみません。つい、母が作ってくれた『ナポリタン』を思い出してしまって……」 「ふふふ、そうですか。それほど思い出に残っているのですね。ナポリタンが」  このパスタの歯応えやケチャップの酸味ももちろんだが、ピーマンの苦みや鷹の爪のピリッとした辛みなどがとても良い仕事をしている。  その味が、母が昔良く作ってくれていたモノによく似ていて、とても懐かしく、美味しく感じたのだ。 「それにしても『懐かしい』という事は『ナポリタン』を食べるのも久しぶりという事でしょうか?」  そう言いながら、賢治は不思議そうな表情を見せた。 「あっ、はい。ここ最近は、色々あって『ナポリタン』なんてとても食べられる余裕がなくて」 「それは金銭的な面で……ですか?」  そんな問いかけに、無言で頷くと、賢治は「そうですか」と言った。 「ここ数年は、出来る限りお金を貯めようと思いまして……それで」 「なるほど。そういえば、あなたはなぜこんな時間にあの場所に? 私が聞いた限りでは『ひったくりに遭った』という事は分かりましたが」 「そっ、それは……えっと」  言いづらい。さすがに「ひったくりに持っていた荷物を全部取られて無一文なんです」なんて。 「何かあったのですか?」  そんな夢莉に対し、賢治はグラスを拭いていた手を止め、チラッと視線を向ける。  正直、ここまでついさっき会ったばかりの赤の他人にここまで真摯に向き合ってくれる人も珍しい。  夢莉が地元でつい最近出会った若者は、たとえ話をしている途中でもお構いなしに殴りかかってくる様なヤツらばかりだ。  まぁ、そんなヤツらと賢治を比べている時点で失礼極まりない話だけれど。  ただ、それを差し引いたとしても、こんなに親身になって話を聞くことは出来ない。 「じっ、実は……」  ただ「ちょっとした相談」という形で話をしてもいいかも知れないと、そんな事を思ったのは……多分、まとっている雰囲気が優しいから。  そこで夢莉は意を決して――――。 「あの。ある事情から、私は父を捜してここまで来たんです」 「お父様を……ですか」 「はい。ですが、なかなか難航しておりまして……それで、その途中でカバンをひったくられてお金も知り合いもなく行くあてもなくさまよっていたんです」  夢莉はこの期に及んでも出来る限り深刻そうな顔はせず、賢治に話をしながらここまでの経緯を振り返った。
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