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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「すっ、すみません。もう一度いいでしょうか?」
「はい、あなたがよろしければここで住み込みで働きませんか? というお話です」
そう言って賢治は穏やかにほほ笑んでいる。
「…………」
確かに、今の夢莉には何もない。だからこの提案はありがたい。本当にありがたいのだけれど……。
「どっ、どうして? どうしてここまでしてくださるんですか?」
そう聞かれても不思議でないほど、賢治の提案は夢莉の常識からはかけ離れている様に感じられる。
「……そうですね。そう言われても仕方ありませんね」
「あっ、いえ。そんなつもりでは」
夢莉が慌てて訂正しようとした後。賢治は軽く一呼吸おいて、穏やかな表情でさらに言葉を続けた。
「困惑なさっている事は分かっております。それに関しては一つに……と言いますか、それが最大の理由なのですが、あなたの事情を知ってしまったという点です」
「え」
「何も知らないのであれば、こんな事は言わなかったと思います」
「あっ、えと……」
夢莉としては、こんな提案を向こうからして欲しくて、この話をしたつもりはなかった。
しかし、実際のところ。
自分自身では『笑い話』として話した事も、相手が同じように『笑い話』と受け取ってくれるかというと、正直そこまでは分からない。
「しかし、事情を知ってしまえば話は別です。私は困っている人を放っておけるほど心の狭い人間ではありません」
「…………」
「どうでしょう? 悪い話ではないと思うのですが」
「…………」
いや、もう『悪い』なんて話じゃない。むしろ、願ってもない話だ。
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