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「……」
そんな中、警察官から受け取ったカバンの中を確認していた女性は、申し訳なさそうに夢莉に頭を下げた。
「すっ、すみませんでした。あの、カバン。ありがとうございます」
「いえ、中身も……少しグチャッとなってしまいましたが大丈夫だと思います」
「はい、カバンの中身も無事です」
「それはよかった」
「本当に、ありがとうございました!」
「いえいえ……」
「あの、少しよろしいでしょうか」
一通り話が終わったのか、様子を窺う様な感じで警察官は夢莉と女性に話しかけた。
「はい」
その人曰く「本来ならもっと詳しく事情聴取をする」らしいのだけど、今日は時間が遅いこともあり、明日になると言われた。
「そうですか」
その言葉に、夢莉はホッと胸をなで下ろした。さすがに一日に二回も警察には行きたくない。
女性は「ありがとうございました」としきりにお礼を言ってそのまま帰り、警察官も帰っていった。
しかし、金なし宿なしの現状は何一つ変わっていない。
だけど「ひったくりからカバンを取り返すことが出来た」というだけでも嬉しい……。
「はぁ……あっ」
「ん?」
ちょっとした安心感で気が抜けてしまい、男性が近くにいるにも関わらずお腹が鳴ってしまった。
「……お腹が空いているのですか?」
「あっ、えっと」
思わず赤面していると、先ほど『朝日奈賢治』と名乗った男性はフッ……と小さく笑うと「もしよろしければ、私のお店に来ますか?」と言って夢莉を優しく誘った。
「え、でも……」
「私、こう見えても喫茶店のマスターですので」
そう言って賢治は穏やかな笑顔を見せたのだった。
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