アコースティック奇譚

2/14
前へ
/14ページ
次へ
高校生の頃はまともな青春というものを過ごしては来なかったから、大学生になったところでそんなものが得られるとは思っていなかった。勉学に熱を抱き、たいした努力もしないで商学で有名な東京の国立大学へ入った。 授業に行くときもあるが、そうでない時間の方が多い。そういう時は大抵、下宿先の自分の部屋で一人アコースティックのギターを触っている。この自堕落な生活の後、あっという間に大学の二年が過ぎていた。ある日ポストに成人式の案内が届いていて、もうそんな時節かとも思った。 夜、隣の部屋には聞こえないよう静かにピックを弾いているとき、机の上の雑誌に挟まれ小さな手紙があるのに気づいて、それを手に取ってみた。 雑紙にまぎれて気付かなかったのか。 封筒に差出人の名前はなかった。僕の住所だけ綺麗な字で書いてあった。 この字なんだか見たことあるな。 僕はそっと筆跡をなぞった。 誰の字かは思い出せなかった。 封を取ってみれば、小さな便箋が出てきた。 そこにはこう書いてあった。    吉田君  元気かな。  私は元気でなんとかやっています。  今度、成人式で帰ってくるのかな。  久々に吉田君のアコギが聞きたいな。  約束覚えてるかな?  私は覚えてますよ!  会いたいな。 それだけである。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加