ヘンリー

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 だがそれはこの牧師だからだ。ひっそりと地下に潜むこの牧師だから。地上に住み、社会で生活をする者達がそんなにも素直になれば、それこそただの悪趣味な歪んだ奴だ。待つのは孤立、批判、剥奪しかないだろう。そしてその事を理解しており、認めているからこそ、ヘンリーは反論をする事が出来ないでいた。それと同時に、少しでも牧師の気持ちが分かってしまう自分が、嫌で仕方がなかった。  「理由・・・だな。・・・分かった。」  覚悟を決めたかの様に、ヘンリーは低い声で話しだした。牧師は彼の話を嬉しそうに、耳を傾ける。濃厚なチョコレートを、ゆっくりと舌で味わうかの様に。  「妹を・・・。妹を殺す為だ。」  小さな地下室の入り口からは、時折冷たい潮風が吹き付ける。渦を巻く様に入り込む風は、外から小さな粉雪を時折運んで来た。頭上からは狼の呻き声の様な、ウォーウォーとした音が響き、誰かを呼んでいるかの様にも聞こえる。ヘンリーの様な、答えを求める者を。  地下室の灯りは、四本の蝋燭に、ストーブの火だけであった。暗い地下室の四方に置かれた大きな蝋燭の火は、風が吹き付ける度に揺れ、炎の影が手の様に見える。伸びる影の手は、そこに居る者を掴もうとしているかの様に見えた。狼の呻き声と影の手で、後戻りはもう出来ないのだと、忠告を受けているかの様にも思える。目の前に座る牧師に、その存在を知らしめるかの様に、背後に立ち竦むキリスト。     
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