アイスとかき氷

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「風邪よくなったのか?」  意外にも最初に声をかけてきたのは、秀であり、それに少し驚いたが、その問いの答えに対し少しだけ頷くと、彼もまた親友に対して用意していた言葉があった。 「なあ、秀」 「うん?」 「夏休み暇か?」 「これと言って、勉強する以外は予定なし」 「彼女いるのに?」 「毎日はさすがに遊べないだろ」  目線をあわせないように会話する二人だが、その声はカリカリと音をたてながら、ノートの上に文字や数字を描いていくシャープペンシルの音よりも小さく、しかし、この静寂に包まれた図書室では、その声は十分に二人の空間を行き来できる。 「じゃあ、その、あれだ、もしよかったらみんなで地元の夏祭りにいかないか?」  雪道が勇気を振り絞って彼を誘うと、少しだけ意外そうな顔をつくった秀であったが、直ぐに視線をノートと参考書に戻しながら、二問ほど数学の問題を解くと、握っていたシャープペンを置いた。 「いいよ。 最後の夏だしな」  雪道にとって、その返事はとてもうれしく、横目で秀を見ると、彼は上を見上げながらまるで見えない星空を見上げているかのような表情をしている。  その後は、お互いあまり会話することなく勉強を進めていくが、途中で千香が入ってくると、秀の隣ではなく、雪道の隣に座ると彼に缶コーヒーを差し出してきた。   「どうぞ、この秀が勉強を面倒になっているお代です」 「ありがとう、でも特に教えているわけでもないから、今後は気を使わなくても大丈夫だよ」 「そうなんですか? だったら私に勉強教えてくれませんか? それは前金ってことで受け取ってください」 「いいけど、別になにか貰うために教えているわけじゃないから、やっぱり特別なにか貰えなくてもいいよ。 逆に気を使っちゃうし」  嬉しそうに微笑む彼女は、席から離れると少しだけ不機嫌になっている秀の元へいき、彼にも飲み物を差し出す。  小声で礼を述べ、またすぐに視線を参考書に向けるが、少しだけ隣の雪道がノートを横目で確認すると、先ほどからあまり進んでおらず、何度も消しゴムで消した跡が残っている。    ここは教えてあげるべきなのだろうが、以前の連絡で今後は教わらないと言われているので、堪えることにした。  その日は、秀の隣でうたた寝を開始した千香を気遣い、彼は一足先に彼女を送り届けに部屋を出ていく。  それから五分後に委員会の仕事を終えた寧音がその場を訪ねてきた。 「あら? 今日は誰もいないの?」 「さっきまで、秀と千香ちゃんいたけど、彼女疲れているみたいだったから、秀が駅まで送っていったよ」   「それならいいけど、で? どうだった?」 「その話だけど、帰り道でいいかな? 今片付けるから」  図書室の中は思った以上に響き、この会話が誰に聞かれるかわらない、急いで準備を済ませると、二人も図書室を出ていく。  「秀を夏祭りに誘った」 「それで、結果を聞いても大丈夫かしら?」   「来てくれるって、でもなんか今まで見たときのない顔してた」 「そうなの? でもよかったじゃない、拒否されるよりよっぽど良い結果だし」  確かに彼女の言う通り、結果的には彼を夏祭りに誘うことができ、約束もできたので上々な結果と言えるが、なにか引っ掛かりを覚えており、それが彼を素直に喜ばせずにいた。   「友だち関係って難しいんだな」 「難しくしているのは、あなた自身でしょ?」 「そうなの? でも俺の友だちって呼べる人ほとんどいなかったから」  「大丈夫、大丈夫、前にも言ったけど雪には雪のよいところが沢山あるんだから、心配しなくてもいいの、雪が思ったように行動してみて、それをやらなかったから今まで何も変わらない。だから、今度は後悔しないように、行動してみてよ」  下から彼を見上げて言葉を紡ぐ彼女の瞳は、彼の横顔をまっすぐに見つめ、強くそして、しっかりと届けるように丁寧に言葉を発していく。 「ありがとう、なんだか寧音の言葉を聞くだけで安らぐのは、やっぱり不思議な感覚がする」   「当たり前でしょ、私とあなたの付き合いってどれだけ長いと思っているの? 雪のこと少しぐらいなら理解しているつもりだから」  二人の距離は変わらない、いつもマイペースな雪道とそれを支える寧音の影は、夕日の悪戯か重なって歩いているように道路に映し出された。
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