最終章 それぞれの想い

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最終章 それぞれの想い

 ついに待ちに待った雪道や寧音たちにとっての学園生活最後の夏休みが訪れる。  夏祭りは、八月の第一週の日曜日に行われるが、本来ならばお盆の時期に行われていたが、地元の商工会の意向により、日にちをずらして、毎週なにかのイベントが開催されるように近年なっている。   「あつい…」  扇風機に顔を近づけながら涼んでいる雪道は、机に広げた勉強道具を放り投げて暑さに負けて休んでいた。    寧音は夏休みの初動にできるだけ宿題を終わらせる作戦を毎年やっており、今回は千香と一緒に勉強しているそうだが、付き合いが短いのにあれほど仲が良いのも珍しいと感じており、秀はどうしているのだろうかと雲がゆっくり流れる空をみて考えていく。  そんな彼はクーラーを嫌っており、あの冷たい風をあびると体調不良をおこしてしまい、その日一日を無駄に過ごしてしまうこともあった。  そして、おもむろに動き出すと両手で頬を軽く二回叩き、再度夏休みの課題をすすめていく。   「あれ? この問題の流れってこの前、秀が悩んでいた問題に似ているな」  自分ならどうやって丁寧に教えれるかを考えながら問題をスラスラと解くと、最後の解の部分でシャープペンの芯がポキリと折れる。    その箇所を丁寧に消しゴムで消すと、また書き直し答えを埋めると、ふと上を見上げ、何かを考え始めた。 「そっか、もし間違えても、一回消してまた書き直せる」  その問いが間違っていても、また考えて答えは導き出されるのだ。  何か吹っ切れたかのように、彼はスピードを上げて一気に課題を解いていく。  そして、待ちに待った夏祭りの日が訪れると、全員で連絡をとりあって集合時間と場所を決めて、それぞれの準備に取り掛かっていき、雪道は悩んだ末にいつものシャツに短パンをチョイスしたが、これが本当によいのか妹に意見を聞こうとしたが、あいにく出払っており、仕方がないので、そのままの恰好で出かける。  集合場所までの道すがら、僅かであるがお洒落をした女性や甚平を羽織っている男性がチラホラと見受けられ、去年までは知りえなかった街の一面を見ることができた喜びと、これから始まる出来事への緊張が一気に高まってきた。 「もしもし、そこのぼさぼさ頭のお兄さん」  電柱に貼られた広告を読んでいると、後ろから声をかけられる。  振り向くと、そこには寧音が浴衣を身に纏いこちらに向かって静かに歩いてきている。  その姿はまるでアヤメの花をそのまま人の姿にしたかのような美麗さを感じさせ、浴衣も紫を基調とした落ち着きあるデザインと、普段と違う「お団子」と呼ばれ後ろで束ねた髪に、彼女の白い肌が目立つウナジが妖艶な雰囲気を漂わせている。  普段から見慣れている雪道ですら、その姿に見惚れてしまうほど彼女は素敵であり、言葉を失ってしまう。   「なに? 変かな? 黙ってられるとなんか嫌」    その言葉で意識を取り戻すと、彼はなぜか早まる鼓動を押さえつけようと右手で心臓のある部分の服を掴むと、彼女にむかって歩き出す。 「いや、その…、凄く綺麗だから、なんかよくわからない気分になった」 「それ褒めているの?」 「一応そのつもりだけど」 「ならいいんだけど、本当にへんじゃない?」   「どこが? ちょっと歩き方に違和感を覚えるけど、すごく綺麗だよ」  綺麗の単語を受け取った彼女は、頬を少し染めると雪道とは逆の方角に顔を向けて、隣にならんで歩き出す。 「やるじゃない」 「とりあえず、褒められていると思って受け取っておくよ」  慣れない靴の歩調に合わせるかのように彼は歩みを緩め、待ち合わせ時間まではまだたっぷりと時間がある。    彼自身が、彼女に対し歩みを合わせたのはいったいいつ以来であろうか、知らず知らずのうちに、彼の歩きに合わせてくれていたのは、言うまでもなく寧音であったが、実際に意識して歩いてみると、意外と簡単に思えたが、それは彼女が今日だけ条件が違ってゆっくりと歩いてくれているからだと思えた。     待ち合わせのコンビニが近づいてくると、寧音は先に店内に入り、虫よけスプレーを買ってでてくる。  そして、自分の肌と浴衣にまんべんなく噴霧していくが、ときたま思い出したかのように、雪道にも吹きかけていく、それでも特段彼は虫に対して意識がなく、それはあまり刺されないというのもあって、今まで無頓着であった。   「いいわね、特別気にしなくてもいい人って、この辛さ味わってみなさいよ」 「とりあえず、二酸化炭素によってくる習性があるっていうから、ドライアイスを体に巻き付けているといいかもね」  その行為はとてもリスキーであるというと、彼女はそんなことは知っていると告げて、今度は足首のあたりを入念にしていく。  そうして、全身くまなく吹き終わると、向こう側から見慣れた男女が歩いてくるが、男性はグレーの甚平に左手に団扇をもっており、隣にいる彼女は、まるで本人を象徴するかのような、オレンジ色を基調とした鮮やかな色合いの浴衣を着ている。   「お、またせしました!」 「よーす」 「あら、千香ちゃんすごく似合っているじゃない、可愛い」
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