1 St.バレンタインデーの『伝統』 

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 思い立ったが吉日で、さすがにその日のうちにではなく翌日だったが、小野寺はホワイトデーまで待たなかった。  糸川が忙しくない時を見計らって、廊下へと連れ出す。 「週末で空いてる日はあるか?」 「え?」 「お礼と言おうか、お返しをしたいから」 「え?えぇーっっ!?」  そんなに驚くようなことだろうか? 自分は人に意味深長なチョコレートを贈っておいて何を今更、おれの方がよほど驚いた。と小野寺は思った。  しかし、この場ではあまり詳細を述べたくはないので、言葉少なに糸川を急かす。 「・・・いつならいい?おれはいつでもいい」  ややあって、糸川が窺うように言ってくる。 「今週の日曜日とかでもいいですか・・・?」 「分かった。17日だな」  三日後だが、前日も休みなので大丈夫だろう。 それにしても、予定を聞いているのはコッチだし、自分はお返しされる側なのだからもっと堂どうと構えていればいいものの。と、小野寺は半ば苛立つ。  最近の若者は。と条件反射的に思って、止めた。 「おれん家に来い。後で住所教えるから」 「えっ!?」 「詳しい話はその時だ」  これ以上、糸川に叫ばれても何なので、小野寺は早そうに室内へと戻って行った。  絶句したまま、その場でフリーズしている糸川を残したままで。  次の日曜日、約束をした時間よりも少し早くに糸川は、小野寺が暮らす単身者向けのマンションの部屋を訪れた。 「お邪魔します。コレ、お土産です」  玄関へと入るなり、開口一番そう言って白いレジ袋を小野寺へと手渡す。 中身は外国製の瓶ビールだった。色いろな種類のが六本、つまり半ダース入っている。 「かえって気を遣わせて悪いな。重かっただろ?」 「いえ、ビールならいいかなと思って・・・」  手土産のセレクションがまた気が利いている。 缶ではなくて瓶なので重いが、それなりの高級感がある。 しかも、大抵の酒飲みだったら、最初の一杯で気軽に飲める。  見た目はイマドキのおっとりとした、ゆとりだかさとり世代なのに、やるな。と小野寺は心密かに糸川の株を上げた。  ダイニング兼リビングルームのテーブルの上でビニール袋をくつろげ、小野寺はドイツの黒を取り出し、席へと就く。 「おまえも選べよ。乾杯しよう」 「あ、はいっ!」  糸川が選んだベルギーの白の瓶に、小野寺は自分のを軽くぶつける。 「むさくるしい、独身男の住み処へようこそ」
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