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2 隠し味
昼飯は食って来てないよな?と小野寺に念を押されて、糸川はうなずいた。小野寺が運んで来たのはスープ皿だった。
続いては輪切りにしたフランスパンが盛られた皿。
「・・・主任の手作りなんですか?」
「前に少しだけ、料理教室に通ってたことがあったんだ。その時に習ったのに自分なりにアレンジしてみた。隠し味、当ててみろ」
「え?」
糸川はまじまじと文字通り目を皿のようにして、目の前に置かれたスープ皿の中身を見つめる。
その姿が、小野寺には何ともおかしかった。
それからやっと、糸川はスプーンを手に取り、一口食べる。
「ビーフシチュー、ですよね・・・?」
まぁ、それは見た目だけでも分かるだろう。
艶のある褐色でトロミがあり、具材が大振りなスープだったら、ほぼほぼビーフシチューで間違いがない。
「そう。で、隠し味は何だか分かるか?」
自分でも大概、性格が意地が悪いと小野寺は思う。
しかしこの、気が利いて、自分に本命チョコらしきものを贈ってきた男が驚く顔をどうしても見てみたかった。
テーブルに肘をつき、考え込む糸川の姿を眺める。
やがて、糸川はスプーンを置き、うつむいてしまった。
「スミマセン・・・ゴメンナサイ。どうしても分かりませんっっ!」
「悪い!今のはおれが悪い。悪かった!」
驚かすどころでなくなったしまった小野寺はあわてて、糸川のスプーンを手に取り、再びその手に握らせようと糸川の右手へと触れた。
一瞬、ビーフシチューの皿よりも熱く感じた。
「あ・・・」
糸川の目と小野寺のとがあった。
その両目が潤んでいるように見えるのは、若さ故の瑞みずしいさなのか、それとも、自分がいじめた所為なのか小野寺には分からなかった。
ニキビ跡など全くない、もしくは出来たことなどない糸川の滑らかな頬に、小野寺の手の平は吸い寄せられる。
ベビーフェイスという言葉を不意に思い出した。
糸川自身は可愛いというよりは、カッコイイと形容されるだろう顔をしているのだが。
「隠し味は、ビターチョコレートだ。高カカオのがひとかけらだけ、入っている」
「・・・それが、主任のお返しですか?」
自分の頬に触れる小野寺の手に、自分のを重ねて糸川が問う。
しかし、
「少ないか?他に何か欲しいものでもあるのか?」
と小野寺に問い返されて、糸川は目を逸らし、口を引き結んだ。
「主任が、欲しいです・・・」
直ぐにほどけた糸川の唇がそう告げて、小野寺のに重なった・・・
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