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「♪ふんふーんふんふんふんふーーん」  バスルームに籠りながら、鼻歌交じりに身支度を整えていく。  パジャマを脱ぎ散らし、Tシャツを着て、パンツを履く。  曇りのない鏡を覗き込み、髪を梳かし始めた。 「♪ふふんふんふーん……ん?」  ブラシを動かす手が止まった。  淡い金髪の一束が、がちがちに固まっている。夜の内に垂らした涎が、髪に付いてしまったのだろうか。  ブラシで力任せに梳かしていると 「痛っ」  ようやく髪が離れた。顔をしかめつつ、念入りに梳かしていく。  毛先がくるん、と丸まってしまうのは気になるが、今に始まったことではない。毎日梳かしても直らないのだ。  「何事もほどほどが一番」という母の言葉を思い出し、ライルはブラシを戸棚に戻した。 「これでいいかなー……うん!」  鏡でチェックし、不備がないことを確認する。  最後にくるりと回って、バスルームを飛び出した。  階段を一段飛ばしで駆け下りて、リビングへ。 「ママー、着替え終わったよー!」  その眼前に、湯気を吐き出すポットが迫る。 「危ない……!」  間一髪。  ライルは身を翻して、母親との衝突を避けた。 「はあ! びっくりした」  ミルシェはポットをテーブルの上に置き、ほっと胸をなで下ろした。 「ライル。家の中を走り回ったら危ないって言ってるでしょう」 「うん……」 「当たらなかったからいいけれど、お湯がかかったら火傷をしてしまうのよ? 痛いのは嫌でしょう?」 「うん……」 「……ちゃんと聞いているの? ライル!」  生返事を繰り返す娘に、ミルシェは苛立ちをぶつけた。 「ママの言うことを聞きなさい! 家の中で走ったらダメ! 分かった?」  ライルは頷いた。その眼がうっすらと潤んでいる。 「はぁ……ママはライルを苛めてるわけじゃないの。あなたが心配なのよ。分かってくれる?」  溜め息と共に吐かれた言葉に、ライルはずき、と胸の中を傷つけられた気がした。  唇を開くも、出てくるはずの言葉は母の視線に殺されてしまう。  ただ一言を言わせようとする重苦しい視線に、ライルは頷くより他なかった。 「分かった」  途端に母の視線は重量を失くし、口調も明るいものに変わった。 「それじゃ、食べましょう。今日はフレンチトーストを作ったのよ。クリーム、蜂蜜、ジャムはイチゴとブルーベリーがあるわよ」  ほかほかと甘い匂いを漂わせるトーストに、ライルはにっこりした。  先ほどまで胸を痛めつけていた傷は、さっぱりと消えてしまう。  軽やかな足取りでテーブルに着くと、ナイフとフォークを握り締めた。
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