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母が夕食を作っている間、ライルはシャワーを浴びていた。
熱い湯が身体を伝い、緑のバスタブを湯気が包む。
考えていたのは、幼い頃から父と母に言いつかっている「約束」のことだった。
「十三歳になるまでは、一人で外に出てはいけない。地下室に行ってはいけない」
何よりも大切な約束だから、絶対に守らなくてはいけないと父と母は言う。「なぜ?」と聞いても、二人は詳しいことを教えてはくれず、ただ「約束だから」という言葉に引っ掛かりを覚えながらもライルは守ってきた。
時たま無性に破りたくなる衝動があったが、怒られるのは怖いので我慢してきた。そんな日々も、あと二日で終わる。
十三歳の誕生日を迎えれば、地下室に入れるのだ。
何があるのか、何故入ってはいけないのか。
たくさんのお宝があるのかもしれない。誰かを閉じ込めているのかもしれない。
ライルは色々と考えを巡らせた。考えの元は、自分が読んだ本の内容ばかりだったが、「そうだったら面白いなぁ」と瞳を輝かせた。
泡が湯に溶けて、排水溝へと消えていった。
シャワーを止めて、床に放り出したタオルを拾い上げる。服を着替えてドライヤーをかけていると、玄関が開く音がした。父が帰ってきたのだ。
髪に冷たい滴を残したまま、階段を駆け降りる。
「家の中で走らないって言ったでしょう!」
母の怒号を無視して、扉の前で服の埃を落としている父に抱きついた。
「おかえりなさい、パパ!」
「ただいま」
カバンを受け取って、扉の鍵を閉めた。
「ドライヤーの途中だったのかい?」
「うん。パパが帰ってきたから、急いで降りてきた!」
「まだ髪が濡れているよ。きちんと乾かさないと、風邪を引いてしまう」
「えー、大丈夫だよ。私、風邪を引いたことないもん」
得意気に胸を張る仕草に、父、ラックはくすりと笑った。
「そうか。でも気をつけるんだよ。春は風邪を引きやすいからね」
「はーい」
手を拭きながら、キッチンからミルシェが顔を出した。
「お帰りなさい、ラック」
「ああ、ただいま」
「先にご飯を食べるでしょう?」
「そうだね。シャワーは、寝る前に浴びるよ」
二人が話している間にライルは階段を上がり、夫婦の寝室の前にカバンを下ろした。
「ふう」
一仕事終えた、という風に汗を拭うふりをする。
「ライルー? 早く降りてらっしゃーい」
「今行くー!」
軽やかな足取りで、階段を降りていった。
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