1

6/6

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 母が夕食を作っている間、ライルはシャワーを浴びていた。  熱い湯が身体を伝い、緑のバスタブを湯気が包む。  考えていたのは、幼い頃から父と母に言いつかっている「約束」のことだった。  「十三歳になるまでは、一人で外に出てはいけない。地下室に行ってはいけない」  何よりも大切な約束だから、絶対に守らなくてはいけないと父と母は言う。「なぜ?」と聞いても、二人は詳しいことを教えてはくれず、ただ「約束だから」という言葉に引っ掛かりを覚えながらもライルは守ってきた。  時たま無性に破りたくなる衝動があったが、怒られるのは怖いので我慢してきた。そんな日々も、あと二日で終わる。  十三歳の誕生日を迎えれば、地下室に入れるのだ。  何があるのか、何故入ってはいけないのか。  たくさんのお宝があるのかもしれない。誰かを閉じ込めているのかもしれない。  ライルは色々と考えを巡らせた。考えの元は、自分が読んだ本の内容ばかりだったが、「そうだったら面白いなぁ」と瞳を輝かせた。  泡が湯に溶けて、排水溝へと消えていった。  シャワーを止めて、床に放り出したタオルを拾い上げる。服を着替えてドライヤーをかけていると、玄関が開く音がした。父が帰ってきたのだ。  髪に冷たい滴を残したまま、階段を駆け降りる。 「家の中で走らないって言ったでしょう!」  母の怒号を無視して、扉の前で服の埃を落としている父に抱きついた。 「おかえりなさい、パパ!」 「ただいま」  カバンを受け取って、扉の鍵を閉めた。 「ドライヤーの途中だったのかい?」 「うん。パパが帰ってきたから、急いで降りてきた!」 「まだ髪が濡れているよ。きちんと乾かさないと、風邪を引いてしまう」 「えー、大丈夫だよ。私、風邪を引いたことないもん」  得意気に胸を張る仕草に、父、ラックはくすりと笑った。 「そうか。でも気をつけるんだよ。春は風邪を引きやすいからね」 「はーい」  手を拭きながら、キッチンからミルシェが顔を出した。 「お帰りなさい、ラック」 「ああ、ただいま」 「先にご飯を食べるでしょう?」 「そうだね。シャワーは、寝る前に浴びるよ」  二人が話している間にライルは階段を上がり、夫婦の寝室の前にカバンを下ろした。 「ふう」  一仕事終えた、という風に汗を拭うふりをする。 「ライルー? 早く降りてらっしゃーい」 「今行くー!」  軽やかな足取りで、階段を降りていった。  
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加