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 「あの日」もこんな雨の日だった。モールにいたことも同じだ。   ミルシェは慌てていた。  買い物に連れて来た三歳になったばかりの娘、ライルが一瞬目を離した隙に駆け出したからだ。 「ライル!」  買い物カゴを置き去りにして、ミルシェは追いかける。  すぐに捕まえられると甘く見ていたが、小さな身体でもすばしこく、なかなか捕まらない。  母娘の追いかけっこを周囲の人々は微笑ましく見守っている。  止めようと道を塞ぐ人の足元をすり抜け、隙を付いてライルは先へ先へと駆けて行ってしまう。 「はぁ……はぁ……! ライル……!」  疲れてしまったミルシェは、つい足を止めた。  途端、辺りが白く染まる。  轟音と共に、一筋の光が上空から貫き落ちた。  何が起こったのか、すぐには理解できなかった。時間が止まってしまったようにミルシェはその場に立ち尽くす。  ハッと気づいた時。ライルのいた場所には、人だかりができていた。 「雷に打たれたぞ……」 「大丈夫なのか?」  ざわめく人の波をかき分け、ミルシェ中心に辿り着いた。  娘が倒れている。目に見える傷はないが、顔面は蒼白で、ただ事ではないことは目に見える。 「救急車を呼んで! 早く!」  ミルシェの絶叫に、人波が一段とざわついた。  震える腕で、ライルの身体に手を伸ばす。 「止めたほうがいいよ! あんたまで感電するかもしれない!」  人波から誰かが叫んだ。そこでようやく、ライルは雷に打たれたのだと知った。  救急車が来るのを待っている間、ミルシェは気が気ではなかった。娘に触ることができず、生死を確認できないことが不安だった。救急車はそれからすぐに到着したが、ミルシェには何十年も待ったかのように思えた。  ひっそりと静まる緊急治療室前の廊下。震えをこらえながら、ミルシェはひたすらに祈った。ライルの無事と、彼女を守れなかった己への罰を。  夫、ラックが息を切らせてやって来た時、抑えていた涙がぼろぼろと流れ落ちた。  掠れた声で謝罪を続ける妻をラックは責めず、肩を抱いて頭を撫でた。  何時間が経っただろうか。すっかり憔悴したミルシェは、緊急治療中のランプが消え、疲れた顔の医者が出てきたのを見て、娘は助からなかったのだと思い、膝から崩れ落ちた。しくしくと泣き声を上げるミルシェに、医者は困惑の表情を見せた。 「どうしたのです?」 「ライルは……娘は、助からなかったのでしょう……」  医者は、「困ったな」というように顎を掻いた。 「娘さんを信じてください、お母様。娘さんは無事です。治療は終わりました。今はすやすやと眠っていますよ」 「ライル……ああ。生きてるのね……!」 「よかった! 雷に打たれたと聞いた時は、もう助からないかと思った……」  夫婦は顔を見合せて、抱き合い、涙を流した。 「奇跡、と言いたいほどです。傷はなく、頭にも臓器にも何ら異常がない」  ただし、と医者は言った。 「後遺症が出るかもしれません。注意して、よく見ていてください。何かあればすぐに病院へ来て。検査しましょう」  
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