ありふれた恋の物語

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 俺が彼女の心配をすると、彼女は陽気に笑って右手を突き出し、親指を立てて“大丈夫“と言った。心配する必要はないとも言った。  次の日、簡易検査のあとに担当医に呼び出された。  臓器移植のドナーが見つかったそうだ。  簡単な手続きのあと、手術の日程が告げられた。  その日からちょうど1週間後だった。  俺は手術が決まった事を、一刻も早く彼女に伝えたかった。  一足先に病気を治して待っていると言いたかった。  だから、彼女に会うためにいつものように屋上に向かった。  いつもは歩いて屋上に向かうのだが、この時ばかりは小走りで向かった。    最上階から屋上に続く13段の階段を一段飛ばしで登る。  薄暗い階段はいつもよりも明るい気がした。  扉を開けて屋上に入るとまだ彼女は来ていなかった。  検査に時間がかかっているのだろうか。  俺はいつも通り自動販売機で何時のものかもわからないコーヒーを買い、一つだけあるベンチに座って彼女を待った。  この日、どれだけ待っても彼女は来なかった。    次の日も彼女は屋上に来なかった。どれだけ待っても来なかった。  次の日もまた彼女は屋上に来なかった。  次の日も、そのまた次の日も、彼女は屋上に来なかった。  結局、彼女に手術の事を伝える事ができないまま、俺は手術の日を迎えた。     
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