欺瞞の鏡面

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 何のことはないよくある噂だ。夜、自室で目を覚ます夢を見る。すると窓や鏡が気になる。カーテンをしていたはずなのにカーテンが開いていたりして、妙に視線を誘うのだという。そしてそこから、“何か”が出てくる。黒い腕であったり、武者の生首であったり、首のない赤ん坊であったり。共通するのはこの世のものではないということだけ。それが自分に向かって迫ってくる。恐怖で気を失ってしまい、気付いたら朝になっている。ここまでなら悪夢を見た、ということだけで片付いただろう。 「この噂が流行ったのは、その現象がクラス中に伝染したからだ。お前も夢を見たと言っていたな」 「そうだっけな。お前はどうだったっけ?」 「見た。でも、誰にも言ってない。お前と違ってみんなでワイワイやりたいタイプじゃなかったからな。ただ、ある時からこの噂は触れちゃいけない扱いになった。一人の女子生徒が夢を見たあとおかしくなったからだ」  夜中に起こる怪奇現象。それは皆一夜限りのものだった。しかし、その女子に限っては違った。一日で終わるはずのそれが、彼女のところに限っては何度も続いたのだ。毎日、毎日。最初の数日は子供特有の好奇心でさらに噂が盛り上がり、それが四日を越えるころには「嘘をついているんじゃないか」と言い出すものが出た。しかしそれでも彼女は毎日『来る』と言い続け、だんだんやつれていった。そしていつしか学校に来なくなった。 「ここまでがみんな知ってる話だ。で、ここからが皆知らない話。なんでその子のところにだけ連続して怪奇現象が起こり続けたのか。それにはまず、私たちが住んでいる地域の」  バチン。私と男は居間の天井を見る。何もない空間。白い天井があるだけの場所。そこから大きな音がしたのだ。次いで窓の外を見る。いつの間にか陽が沈んでいた。とっぷりと暗い色。時計を見る。16時。いつもならまだ薄明るいはずだ。男が私の背後に目をやって、どたっと尻もちをつく。ひっ、ひっと情けない短い声を上げていた。 ――始まった。 私の背後には閉まった居間のドアがある。はめ込み硝子のドア、そこにも札を貼ってある。振り返る。透明なガラスに黒いものが映りこんでいて、不明瞭な手で札の裏側をペタペタ触っていた。まるで二次元と三次元の境目を探しているようだった。しかし、それはしばらくうごめいた後で諦めたようにすぅ、と消える。
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