欺瞞の鏡面

5/14
前へ
/14ページ
次へ
「こんなことをしたからかもしれないな、夢にあんなのが出てくるようになったのは」 「もういいだろ、そんなこと思い出したって何になるんだよ」 「思い出さなきゃならないんだよ。だってお前、神社にまた行ったんだろう? 五年前だ。理由はあの子の訃報を聞いたから。そして、神社に行った次の日、私が茫然と立ってるお前に声をかけたんだ」  男の目が伏せられて左右に泳ぐ。何か言おうと口を開きかけたとき、私の右耳周りがぞわりと総毛立った。向かい合う男は左耳を抑えている。右を振り向く。何もいない。「あ、あれ」男が私の袖を引いて指さした。反対側の窓。札が貼られた窓に私と男の姿が映っている。そしてその背後に、真っ黒な着物を着た真っ黒な肌の――。 『ア ケ テ』  ぼそぼそと耳元でささやく声。深い淵から上がってくるあぶくのような。不快な。けれどそのぞわぞわする感覚は妙に気持ちよかった。もう一度囁かれる。耳の奥を舐められるような声。「何してんだよ!」強い力で腕を引かれた。背中を床に打ち付けてから、男に馬乗りになられたことを理解する。「こっちのセリフなんだけど」と見返してやると男は泣きそうな顔で叫んだ。 「お前自分で何しようとしたかわかってるのか!? 窓のほうにふらふら歩いていこうとしたんだよ! 窓を開けたり札を取ったりしちゃダメなんだろ、俺だってそのくらいわかる!」  そんなことをしようとしていたのか。流石にぞっとした。あの声に気を取られている間、私は自分の意図に無いことをしようとしていたらしい。抑え込んだのは正解だ。男の手を借りて起き上がる。 「良く分かったな。よく止めた。ありがとう」 「こんな状況で褒められてもうれしくない」  窓に映りこんでいたアレの姿はもう無い。私は後ろ頭を掻いた。正直、ここまでの精神攻撃をしてくるとは思っていなかったのだ。おそらくアレは鏡や窓、自分と一緒に私たちが映っている状態なら多少干渉をすることができるということだろう。 「思ったより猛攻だな。明日の朝まで耐えられると良いけど」 「まだ明日の日の出まで10時間近くあるじゃん……なあ、どうしてこんなことしたんだ。こんな準備ができるくらいだから、今までみたいに居間を貸してくれれば問題ないってわかってただろう?」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加