欺瞞の鏡面

7/14
前へ
/14ページ
次へ
 そう言うと男は振り返る。憤慨とやるせなさの混じった泣きそうな顔。私はきっと、最初と変わらない、いつもと同じ仏頂面だろう。時計の針は勝手に進んでいく。私と男はインスタントラーメンにもやしとほうれん草、卵を乗せて食べた。男は何か言いたげに私を見る。けれど私はそれをまるっと無視し、男の発言権を刈り取ってやった。時折現れるアレ対策が進む。アレが現れたら、アレが映る窓や鏡に映らないようにすればいいということを私たちは学習した。しかしアレの存在感はますます色濃くなる。家全体の空気ごと潰されそうな圧を感じるようになっていた。妙に息苦しくなって、体が重くなる。不快感に耐え、床に転がる。朝になったらこの現象は終わるだろうか。私たちは言葉少なく交代で眠ることを決めた。一人になることを避け、風呂に入らないまま布団に入る。電灯の光を避け、布団にもぐって体を丸めた。会話が無くなったせいで、アレの迫ってくる気配が更に生々しい。男が時々呻くのを、温かく隔離された場所で聞いていた。唇だけで「ざまあみろ」と呟いた。  くるしい、くるしい。首が締まる、胸の上が重い!  最初に見えたのはあの男の顔だった。それが憎悪に歪んで私を睨んでいた。首を絞められていると把握するのと全力で男の目を突きに行くのは同時だった。しかし私の指は男の目どころか顔に触れることもできなかった。必死に伸ばした指先が空を切る。暗い中苦しみながら私はもがく。逃れようとしながら私の中で違和感がずっと鳴り響いている。ゆっくりゆっくり首が締まる。じわじわいたぶって殺す気か。そうか結局、この男も人をいじめて嗤うようなやつであることに変わりなかったのだ。信用した私が馬鹿だった。違う、違う、そんなことを考えている暇はない。違和感がある。 そうだ、何故暗い? 電灯はつけていたはずだ。声を出そうとしても口があまり動かない。どうして動かない? 抑えられているのは首なのに。必死に目を走らせる。気付かなきゃならない。気付かなきゃ──ばたつかせた足が硬いものを捉えた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加