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『 ツ カ マ エ タ 』
またあのあぶくのような声。まずい、さっきと同じなら私は。女の顔しか見えない。うなじをあぶくが撫でるような感覚がある。それ以外の感覚がない。その感覚が唐突に消える。気付いた時にはまた居間に戻っていて、男の顔が目の前にあった。心配で泣きそうな顔をしているあたり、こっちは本物だろう。「よかった」と言って泣きだす。その『よかった』は一人にならなくて済むだとか、自分がまきこんだせいで私がアレに連れていかれるのを防ぐことができただとかそういう身勝手なものなのだろう。そう言って追い詰めることもできたが今回は黙っておいた。手首が痛い。くっきりと細い指で掴まれたあとが残っていた。
酷く疲れている。アレの名前を呼んで悪態をついてやりそうになったが、そんなことをすればどうなるかわからないのでよしておく。体を床に投げ出したままのほうが楽だったが、男に再び手を貸してもらって起き上がった。すると男は私を毛布でくるむ。
「何してるんだ」
「こうしておけば直接鏡に映らないだろ。そうしたら、アレの影響も減るんじゃないかと思ったんだ」
俺よりお前のほうが影響を受けやすいようだから。そう付け加えた男を私はきっと怪訝な顔で見ていただろう。流石にその顔の意味を察したようで、男が口をへの字に曲げた。その後で何か言いたげに視線を泳がし、私の両肩を掴んできた。なので私は両腕を回して男の手を払いのけてやる。毛布は肩から落ちる前に抑えた。
「今更弁解でもしたいのか?」
「そう、かもしれない。でも、わかってほしいことがあるんだよ。俺、俺は、お前がさっき言ったような理由でお前の家に来たんじゃない」
聞きたくないと突っぱねることもできる。しかし、実際危ないところを三回助けられていた。そのくらいならいいか、と続きを促す。
「俺は、確かにあの子とその取り巻きがお前をいじめるのを止めたりできなかった。それに、自分がいじめられるのが怖くて、お前と一緒に遊んだりするのをやめた」
「そうだな、裏切り者」
「でも、違うんだ! ……お前よりいじめられてたもう一人の子がいじめられるように仕向けたのは、俺なんだ。結局酷いことしたのは変わりないけど、俺は、なるべくお前がいじめられないようにって思って!」
「……へぇ、どうやったんだ?」
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