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人を呪わば穴二つ
『今夜、別れます。仕事が終わったら、家に来てね』
マユミからのメールが入ったのは、昼休みだった。
そうかー!
マユミのヤツ、やっとコウタと別れる決心がついたんだな!
俺は、社食のラーメンを頬張ったまま、スマホの画面にガッツポーズした。
コウタと俺は、同期入社の同い年だ。所属こそ、総務部と営業部と違うが、プライベートでも飲んだり遊ぶ間柄だった。
入社2年後の春、コウタのいる総務部に、新人としてマユミが配属された。
何がきっかけなのか――彼女はコウタと付き合い出した。
インドア派でオタクなコウタと、アウトドア派で活発なマユミ。2人が合わないことは、目に見えていた。
3ヶ月もすると、マユミはコウタのいない所で、『コウくん、つまんなーい』と、俺に愚痴をこぼし始めた。アイツも随分頑張ったみたいだけど……お気の毒さま。半年前から、彼女の「本命」は、この俺なんだ。
コウタには、学生時代の友達との女子会だって嘘吐いたクリスマス、本当のところ、彼女は俺と甘く熱い夜を過ごしたって訳。
明日のバレンタインも、彼女が一緒に過ごすのは、勿論俺だ。
そのために、ついに彼女は別れを決断したのだろう。
『OK! 今日直帰になるから、マユミん家に直行するよ』
のびかけたラーメンをすすりながら、返信する。
明日の休みは、どこに出掛けようか――どんなプランなっても、楽しいデートになることは間違いないだろう。
俺はワクワクしながら、残りのツユを飲み干した。
ー*ー*ー*ー
――ピッ…ピッ…ピッ…
機械音が遠くから聞こえる。
な――ん……だ……?
視界が暗い。
身体の感覚が定まらない。
今は昼か? 夜か?
俺は、どこにいるんだ?
「……うぅ……こんな……こんなことになるなんて……」
女のか細い泣き声。
「泣くなよ、マユちゃん」
――マユ……?
そうだ、マユミ!
俺は、得意先から彼女の家に向かって……環状線を走ってて――走って、どうしたんだっけ……?
「だって……コウくん……」
「マユちゃん、ちょっと外に出ててよ。最後に、アツシと話したいんだ」
「うん……分かった。バイバイ、アツシくん」
――バイバイ?
『待てよ、マユミ!』
俺は呼び止めようとしたが――声が出ない。
タン、とドアが閉じる微かな音がした。
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