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「あれ……父さん、また出張なの?」
リビングに降りてきた僕は、食卓テーブルの脇に置かれたバーバリーのボストンバックに気がついた。
「そうなの。また急に決まったんだって」
キッチンから、慌ただしく母さんの声が返る。
朝食と同時並行で弁当を作る、いつもの朝の光景だ。
「おう、サトシ、早いな」
洗面所から戻った父は、ソファの背にかけてあったダークグレーの地味なスーツに着替える。
「うん、試合が近いから朝練。父さん、どこ行くの?」
「あー、岡山の倉敷だ。何かお土産買ってくるよ」
食卓から玉子焼きを1つ摘まんで、父さんは口に放り込んだ。
「『きびだんご』は、もういいわよ。どうせなら、何かご飯のおかずになるものを買ってきてちょうだい」
僕と母の2人分の弁当箱にシャケを詰めながら、母さんが笑った。
出張の多い父さんは、行った先で必ず家族にお土産を買ってきてくれる。
ところが、いつもセンスがなく……駅の売店で一番前に積まれているような『銘菓』をぶら下げて戻るのだ。
「遊びの旅行じゃないんだぞ」
コーヒーを一気に飲んだ父さんは、苦笑いした。
「試合、いつだっけ?」
「今度の土曜日。……いいよ、いつものことだし」
僕は、地元の少年野球チームに所属している。うちは共働きだから、試合を見に来てもらうことは、はなから諦めている。
昨年の秋、セカンドでレギュラーを取ったけど、多分父さんは覚えていないだろう。
「……ごめんな、頑張れよ」
それでも両親は、彼らなりに僕のことを気にかけてくれている。
分かっているから、いいんだ。
「うん。父さんも気をつけて」
僕の頭をくしゃっと撫でて、それから母さんに「行ってくる」と言葉を交わすと、父さんは出掛けた。
「――ほら、あんたも行かなくていいの、サトシ?」
「わっ! 行ってきまーす!」
リビングの時計を見て、僕も慌てて牛乳を一気飲みする。
「サトシ、車に気を付けるのよー!」
母さんの声を背に、僕は玄関を出た。
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父さんが出張の夜、僕には楽しみがある。
書斎に籠り、僕はデスクトップのPCにかじりつく。
――母さんは、まだ入浴中だ。
『宿題の調べものをする』と言えば、両親はPCの使用を快諾した。
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