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その様子を見取りながら璋子は「数寄者(すきもの:和歌を詠んで遊び暮らす風流な人間)め」と、こんどはからかうようだった声音を一変させてさらにひとことを付け足した。言葉ばかりはからかいのままだが、そこにははしなくも息子に去られる母親のごとき、あるいは夫に裏の衣を見せられた(=出家を宣せられた)妻のごとき、万端やるかたない、実に悲しげで、寂しげな想いが溢れていた。たちまち義清は「宮様…」と思わず絶句し、込み上げて来るものを必死にこらえる風となる。その様子に堀河が控えの間に通じる襖へ目を遣り、心ならずも義清へ声づくりをして見せた。お付きの女房たちが襖ひとつ向こうの部屋でひかえる前での、真情の吐露を恐れてのことだが、璋子はむしろそれを待っているかのよう。「仔細ない、義清?…(申せ)」と暫し待つがついに義清は無言のままだ。璋子はやるせなげにため息をひとつ吐いて「堀河、硯と紙をこれへ」と所望し「御簾を上げよ」とも命ずる。主の意を悟った堀河が委細ためらわず仰せの通りにすると、上着打ち衣等十二単を地味な色に抑えた璋子の全身が現れた。義清の出家に合わせたとも思うその姿は四十過ぎとは云えなお美しく、伏し目の義清の視線を捉えて離さない。彼の和泉式部の一首「(牛車の中から袖だけを)飾さじと誰か思はむ…」どころか掟破りの(?)全身露出だった。思う存分見よという、はたしてそれは俗世からの餞別ででもあったろうか、義清の視線に身を任せつつ何事かを紙に書きつけた。「ああ、なんという花の散り方でしょうね…美しいことよ」ややあって顔を上げた璋子が、花吹雪を見ていまさらのように絶句する。あたかも自らが出家するかのごとく散る花に何かを見ているようだ。檜扇を口元に翳しもせず「義清、人の真のありようはどうあるべきでしょうね。女人の身の桎梏や、中宮という立場を離れて…ああ、まろも男なら、許される身ならば、出家して漂泊などもしてみたい…義清、そなたがうらやましいわ。ふふふ」と述懐する璋子に「おたわれむれを。 帝(みかど:崇徳天皇のこと)始め皇子(みこ)、皇女(ひめみこ)様方の御生母であらせられます宮様こそ、万人からうらやましがられるお方。私の捨身などに何か見るべきものがありましょうか」と義清は応ずる他なかった、蓋しいまの言葉が中宮の本音と思いつつもである。
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