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紫陽花奇譚
ミカゲは消えた。
今と同じ、こっくりとした蜜柑の色が空を染める夕刻、消えた。
町を挙げて方々を探し回り、当然今も捜索願も出されている。が、いまだに手がかり一つ、つかめていない。
あれから三年。この日になるとここに来て、ない花を補っている。
社を守る狐が一体しかいない稲荷神社は、小高い丘の上にある。社殿にたどり着くには、石でできた、見上げるような長い階段を登るしか術はない。その代わり、登りきると広がるのは、懐かしいひなびた町の風景。狭い町を一目ですっぽりと見渡すことができるのは痛快だ。
町に添うように川が流れ、遠くには大きな山がいつもこちらを見下ろしている。川辺に溶け始める夕日はあの日と変わらなかった。
冷たい狛狐の体に頬を預けるようにして、水面にまぶしく照り返す光に目を細めていると、石段を登る人影が見える。目が合うとニカッと笑い、屈託なく手を振る姿に、もはやため息しか出なかった。
「ユカリ!ゴメーン!遅くなった」
ため息が聞こえたのだろうか、石段を登り切ると、気まずそうに目を泳がせている。
「また三十分遅刻。ヒナタ、こういう日くらい遅れずにこれないかな?」
「ゴメンなさい」
ひょろりと高い背を折りたたむように頭を下げる。きっと、頭を上げた途端、また忘れるだろう。ばかばかしさを感じ、あきらめて、白いTシャツの背の向こうを見る。階段が目に入ると、ユカリはギュッと手を固めた。
「じゃあ、行こうか」
黙ってうなずき、階段に臨む。すくみ上がりそうになる高さは、握りしめた手を小刻みに揺らす。そっとかたわらに立ってくれたヒナタに、ユカリはかすかに浮かべた笑みを返した。
階段を一歩、降りようとする。途端、ぐらりと体が傾き、慌てた右手が手すりをつかむ。その時、抱えていた腕からするりと落ちた紙包みが、とすん、とすん、と階段を転げ落ちた。跳ねる様が記憶と重なる。ユカリは思わず顔を背けた。
ととん、と駆け下りるとヒナタは紙包みに右手を伸ばす。痛みをこらえるような声がかすかに聞こえた。無理もない。あの後、入院生活は三ヶ月に及んだのだから。時々、右腕をぎこちなく動かしていることがあるのを、ユカリは知っていた。
「ユカリ」
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