紫陽花奇譚

11/27
前へ
/27ページ
次へ
 見える牙の隙間が動いた。狭い隙間をぬって、ヒナタが這い出してきていた。 「や……やった。ヒナタ、やったよ!」 「よし!ミカゲ!こっちだ!」  兄に振り返り、青ざめた表情に笑みをつくる。そおっと刀を引き抜くと、途端に勢いよく吹きだした血が、ミカゲの顔を真っ赤に染め上げた。 「なんだよぉ、これ」  さっきの勇ましい姿など微塵も感じさせない情けない声で、ミカゲはぼやく。袖で顔を拭いながら、朗らかに笑うヒナタの元に、ミカゲが飛び降りようとしたときだった。 (おのれぇぇぇ!)  叫び声を上げると、空を行くミカゲに、その尾を叩きつけた。 「ミカゲ!」  叩きつけられた体が宙を舞う。伸ばした兄の手が弟をつかみ取ると、もろとも、石段を転げ始めた。 「いやぁぁぁっ!ヒナタぁ!ミカゲぇ!」  お互い向かい合うようにして、代わる代わる石段に打ちつけられながら、落ちていく。ユカリも石段を滑り落ちるように後を追った。  跳ね上がり、また勢いよく落ちていく二人がなかなかつかめない。ふと石段を見ると、赤い筋が引かれていることに、ユカリは金切り声を上げた。  石段の上から注がれる呪詛の音が、心を凍りつかせる。     
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加