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ユカリはぽつりとつぶやいた。
「ミカゲ、本当に消えちゃったのかな」
「どういうこと?」
「時々ね、思うんだ。目の前から見えなくなっただけで、どこかにいるんじゃないかなって」
足元であわいの色を見せる紫陽花に目を落とす。すると、背後を覆うように立っていたヒナタが、いつもとは違う、くぐもった声を出した。
「――もし、そうだったら、どうする?」
ユカリはそっと目を閉じる。
「ミカゲが、ここにいるって言ったら、どうする?」
手が、肩を過ぎた辺りまで伸びた髪にふれる。
「あの時、蛇に喰われたのはヒナタで、ここにいるのはミカゲだって言ったら……!」
息をのむ声が聞こえたかと思うと、ミカゲは叫び始めた。
「う……うわぁ!体が……、光ってる!」
ユカリは半ばうつろ気味に目を少し開いた。光る手を押さえたり、のけぞる体を反動で戻しているミカゲのうごめきが、背中越しに伝わる。
「か……体が!裂けるっ!」
ジャワッ、と音を立てると、むなしいミカゲの叫びが虚空に消える。雲母のようにきらめく粒が足に、肩に降り注ぐ。その全てが虚空に消え去るまで、ユカリは微動だにしなかった。
根方に置かれていた紫陽花が、ぼわっとほの白く光る。音も立てずに浮き上がると、仲間の群れに入り込む。光が静まると、まるで始めからそこにあったかのように、淡く、咲き誇り始めた。――数はちょうど、百七。
「忘れたの?言っちゃダメだって言われてたのを」
何事もなかったかのように、ユカリはしっかりとした足取りで石段を登り始めた。
ゆっくりとはしているが、着実に一歩一歩踏み出す。さっきミカゲに助けられた場所を通り過ぎ、紫陽花が転げ落ち、留まった段を踏みしめる。手すりなど頼ることなく、能面のような表情をしたまま、ユカリは石段を登っていった。
最後の一段を上りきる。右手にある狛狐に目をやると、初めて表情がゆがんだ。狛狐を切なげに見つめ、そばに寄る。冷えた体にその頬を押し当てると、あの日が重なった。
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