紫陽花奇譚

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「陽人様、そのお心、よう分かりました。私は身を引きましょう。ただ、このままではお命が……。今はこのまま、この露が治して差し上げます。」  えもいわれぬたおやかで優しげな面持ちを見せた大蛇が、くっと首を持ち上げると、うって変わった世にも恐ろしい形相がこちらを見た。 「紫、案ずるな。この姿になった私の涙は薬になるらしい。陽人様をこのまま癒やして差し上げる。お健やかになられたのち、そちに返そう。――ただし」 「ただし……?」 「報いを受けよ」  見下す露の口の端に、嫌な笑みが浮かんだ。と同時に、露の声が不思議な響き方をし始めた。――人の声のそれではない。心と頭の奥に響く、むき出しにされてしまった心根を揺さぶるような、そんな聞こえ方に変わった。 (この先、百八人、陽人様と同じ年頃の殿方を私に連れてこい) 「と……殿方、ですか?」 (そうだ。陽人様を治して差し上げるには、時間と滋養が必要だ)  紫の喉がごくりと音を立てる。ククク……と露が喉を鳴らした。 (陽人様にお情けをいただいたそちの容色ならば、問題なかろう。卑しい女にはちょうどいい) 「もし、連れてこなければ……?」 (……そち、陽人様を殺めるつもりか?)  紫は、露に体を絡められながら、色を失っている陽人を見た。
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