紫陽花奇譚

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 冷たい狐に頬を押し当て、その体に触れていると、後ろの社殿からズズ……と這う音が聞こえてきた。 (なかなか、面白い兄弟であったな) 「……はい。露様」  よりいっそう深みを増し始めた夕焼けの空に町が染まりゆく。押し当てていた頬を離し、背後に露を感じながら紫は、それを留めるように見つめた。 (お前が欲しいとないものねだりをする弟に、双子なのだから、元はひとつであろうとそそのかしたら、自らこの話をもちかけて来よった。)  ヒナタの魂と引き替えに、自らはヒナタの体に乗り移らせろと言ったのだ。 (兄は弟にだまされていることに気づかない、弟は手が届かないことに気づかない。見ていておかしゅうておかしゅうて……)  初めは口の端を震わせているだけだったが、次第に声は大きく、興じてくる。紫はいつものように、主の気持ちが治まるのをじっと待った。 (さて)  露はそう言うと、はぁぁぁぁっ、と息を吐く。吐かれた生温かい息は頭上を通り過ぎると、きらめき始めた。照る蜜柑の色に染められ、黄金の光を放ちながら飛ぶそれは、ゆっくりと町全体を覆う。町を覆いつくすと、静かに降り積もり始めた。     
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