紫陽花奇譚

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(目が覚めるのは三月後くらいか。その時にはもう、誰もお前の事を覚えておらん)  幾度くり返したことだろう。露に男を捧げた後、町を眠らせ全てを消し、自分たちもしばらく眠りについた後、また次を探すのである。 (あと、一つか)  露がつぶやく。陽人の冷たい体に触れると紫は言った。 「花が揃えば、陽人様はどうおなりに?」 (全てが揃えば自ずと呪は解ける)  さようでございますか、と答えながら、紫は狛狐の左前足を愛おしそうにさすった。 「露様、ミカゲはいかがでしたか?」  露は舌をちろりと出して唇をあたると、ニヤリと笑みを浮かべた。 (まあまあといったところだ。兄に嫉妬し、鬱屈していた心根は苦みを感じたが、そのほかは存外素直であった。特に、そなたに対する想いは純粋で……、甘露とはこのようなものかと思われたぞ)  魂の宿した感情は、さまざまな味に変わるという。ククク……、と含み笑いが響く。 (だが、総じてやはり、兄の方がうまかったか。さらりと舌になじみ、甘さと辛さの塩梅がよく、奥底にほんのりと苦みが効いている。人であったときに、あのような美味を味わったことはなかったのう)     
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