紫陽花奇譚

24/27
前へ
/27ページ
次へ
 それからも貪るように、忘れるように、男達を溺れさせているある日、見つけたのだ。  しばらくの眠りから覚めた日のことだった。  社殿の屋根裏で目を覚ますと、快活な二つの笑い声が聞こえてくる。板の隙間から外をのぞくと、目を見張った。  少年の左手に小さな青いあざがあったのだ。  白いシャツに黒のズボンをはいた少年達は、石段に座り何かをほおばっている。棒の先にある水色に固められたそれは見るからに涼しげで、清らかさが二人に似合っていた。シャリッ、とかじっては笑い、笑ってはまたかじる。二人の風貌から兄弟であることはすぐに分かった。  茶色の髪を日にすかし、朗らかに笑う兄と、そっと寄り添い、静かに頷く弟。妙に胸が沸き立ち、じっとしていられなかった。とくん、とくん、と打つ胸を押さえ、慌てて屋根裏から駆け下りると、二人のそばに行った。 「ねぇ、一口ちょうだい」  はだしで、いきなりやってきた娘に面食らっただろう。ぽかんと口を開けたまま、二人はしばし動きを止めた。 「いいよ」  差し出された氷菓子を持つ左手には、あの青いあざ。思わず目の端がにじみ上がった。 「ちょ……、ヒナタ、何かした?」  気づいた奥の少年が、小声でヒナタに言う。どうやらヒナタも気づいたらしく「ミカゲ、オレは何もしてないって」と言い訳している。 「あ……、ゴミが入ったみたい」  そっと目じりを拭くと、二人の表情が変わる。まだ女の子の扱いに慣れていない、少年の表情だ。ホッとしているのがよく分かり、久々に心がくすぐられた。  渡された氷菓子を一口、かじる。喉を通り過ぎる空の色を模したかけらは、身に染みついた汚れをそいでくれるように思えた。 「おいしい?」  ミカゲに聞かれ、素直に頷く。氷菓子を受け取りながらヒナタが言った。 「見かけない顔だなぁ」 「こ、今度転校してきたの」  とっさにそう、答えた。  そのまま町に入り込み、時を過ごした。当然、露は二人を次の紫陽花だと考えていた。が、紫はのらりくらりと交わしていた。  賽を投げたのは、弟だ。  去年のことだった。  紫陽花を添えるためにこの神社に来た。また石段を踏み外し、ヒナタの腕が支えてくれたとき、こう言ったのだ。 「ユカリ、ボクの手を持って」  さっと鳥肌が立った。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加