紫陽花奇譚

26/27
前へ
/27ページ
次へ
 絞り出すような声を粟粒にぼたりと落とす。その時、きらりと光る粒が目に飛び込んだ。カッと身を焼くような怒りが走ると、紫は右足でその粒を払いのけた。  ぐらり、と体がゆらめく。  くじいた左足は踏みとどまれず、そのまま、紫の体は石段の上へと躍り出た。 「ひ……!」  背が石段にあたり、しびれが全身を走った途端、体は吸い込まれるように滑り落ちていく。止まろうと右足に力を込める。だが、込めた力が石段とはね返り、また、体は宙を飛んだ。  額を打ちつける。鈍い音と共に、眉間に流れ出るものを感じる。そのままずるずると数段滑ると、右肘がひっかかり、その勢いで、また体は空を向いた。  恐怖が口から継いで出る。だがそれはもう音を成さず、代わりに口からほとばしるのは、鮮やかな血。なすすべなく、引きつった心と体は、瞬く間に一番下まで滑り落ちていった。  最後に聞こえたボキリという鈍い音は、人ごとのように思えた。  止まった事で恐ろしさは消えた。だが、何一つ力が入らない。いや、力を入れようとすらしていない。目の端を冷たさが伝い、温かいものが足の間を濡らす。かすかに感じる味は、生臭くて、まずい。  体中からあらゆるものが音を立て、あるいは静かに流れ出ていく。それが妙に心地よかった。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加