月の夢 

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AIの自動選出で音楽を聴く時代、カセットやCD等のアナログ媒体で曲を聴く俺の話など誰も聞こうとしなかった。私は嬉しくなりこれまで頭の中で熟成させ続けてきたウンチクを夜通し語った。私が一息ついて窓の外の地球をみた時、AIが言った。  「私も、弾いてみたいです。ギター」  私は笑いながら「最新AIが言うセリフじゃないな、今時作曲はおろかライブですら楽器なんか持たないぞ」と言った。  「そういうものですか」  「あぁそうだ、第一お前にはギターを持つ手がないじゃないか」  「確かにそうですね、残念です」 いつか弾けるさ、と次のカセットをハメる。   「あ、この曲、すごく好きです」  「いい趣味してるぞ、お前」  「もう一度聴かせてください」  「なんだ一回で覚えれるんじゃなかったのか」  「分かってないですね、カセットで聴くからいいんですよ」 二人で大笑いした。  その後は二人でカラオケ大会だった。地球じゃカラオケだって少なくなった、皆パソコンの画面越しに歌ったりするのが基本だ。こうやって誰かと同じ空間で歌うってのは子供の頃以来だ。  少し眠ってから私は散歩にでた、AIが頼むのでアイツの好きなカセットをリピートで流しておいてやった。よし、西方のクレーターを見に行こう。 野球場ほどあるクレーターの中を歩いている時に足を滑らせてしまい背中の維持装置がイカれてしまった。もう10分と持たないだろう。だが、自然と落ち着いている。 夢を叶えた人間の散り際は案外こんなものなのかも知れない。宇宙船に戻ったとしても今のAIに修復できる知識は無い。いや、あったとしても今のアイツの前では死にたくない。 私は自決用の薬をゴクリと飲みこんだ。眠ってしまってその間に月の低い温度でゆっくりと命は消えていく。消えゆく意識の中宇宙船のある方角を見ながら「ギター、弾けると良いな」とポツリ呟いた。 二日ほどして連絡の途絶えた宇宙船を回収するための救助船が月面に着陸した。救助隊が宇宙船に乗り込むとテープが擦れて途切れ途切れの音楽と最新AIの歌声が響いていた。  その後地球に還り調査報告を終えたAIは勲章を得た、そして恩賞を尋ねられると 「体とギターが欲しいです」と答えた。 その後AIのカバー曲を収録したカセットは地球で最も売れたカセットとしてギネスに載り、数年後の月の居住区でも流されることとなる。
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