最終章

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 ダイニングテーブルの椅子に座り、刑事から事情を訊かれている澄子の顔は、どこかしら清々した面持ちだった。なぜこんな事をしたのか? との刑事の問い掛けに、「あたし怖かったんです。初めて心から好きになった人に捨てられるんじゃないか、本当は彼、悪い人なんじゃないかって、何時も不安で仕方なかったんです」そう答えた。    更に、せわしなく緊急車両の手配をしている年配の刑事に向けて言う。 「田中さん多分、助かりませんよ。痙攣を起こしてから時間が経っていますからね。青酸ガスでアシドーシス(注)を起こして細胞死が進んでいます。それより刑事さん、お願いがあるんです」 「何ですか?」 「だって刑務所に入ったら、美味しいコーヒー飲めないじゃないですか? 後生ですから、あたしに最後のコーヒーを淹れさせて下さい――」 (注)酸性血症 弱アルカリである血液が酸性に振れている状態。呼吸困難などを引き起こす。 〈了〉
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