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「ヤクザに追われるんじゃ、ジゴージトクでしょうに」
「確かに。よく、そんな難しい言葉を知っているな、ゆきん子」
「常識、でしょ」
「言葉が無い」
「あ、これウチ」
「・・・おまえの家、金持ちなんだな」
普通なら、そんなことを言う男ではないのだが、それだけ、精神的に追い詰められているのだろう。通常なら、”傲慢不遜がブルSSSを運転している”といわれるこの男にしては、驚天動地の事態なのだ。というわけで、今回、この男の”自己紹介”は割愛させてもらうわけで。読者も、チンおっちゃんでいいだろう。
「じゃ、内緒でもらってきてあげる」
ゆきん子は、たたたと雪の中を軽快に走っていく。裏庭に出たのか、チンおっちゃんはその家が有名な”杉村木材商店”だとは気づかなかった。
「遅かったじゃないか」
チンおっちゃんは、珍しく、小さなゆきん子に愚痴る。面目ないしだいだ。普段なら、さっさと決断してそのまま雪山の中に消えて当然なのに、彼は、その決断が出来ないのだった。
「ごめん、ごめん、いろいろ、持ってきたから」
ゆきん子は、小さなサンタクロースのように荷物を背負って戻ってきたのだ。
「おや、まあ」
「これから、山篭りするなら、これくらいは、いるでしょって、母さんに言われて、気にしないで、家の中にある残り物ばかりだから」
「わお、すまない」
こんな、恵まれるのは、この男としてはしかし、不本意なのに違いない。だから、今考えれば、今まで”口述筆記”されない、”黒歴史”だったということなのではないだろうか。このチンおっちゃんが、雪深い大台ケ原の中に分け入るまでの秘話・・
「でも、気をつけてよ、チンのおじさん」
「なに・・」
「お父さんが言っていた。なんだか、ヤクザより物騒な人たちが伊賀市の中に入ってきたって」
「え」
「行者さんの大角さんが言っていたから、間違いないって」
「それは・・いけないな、ゆきん子」それを聞いて、しかしチンおっちゃんは、少ししゃっきりとしたようだ。
「だから、お山が、騒がしくなっているって。そして、何か、起こるはずの無いことが起ころうとしているとか。いつもは、冗談しか言わない行者さんが、真顔で言っていたんだって」
「はあ」
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