たいした恋じゃない

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 正一の背中は、十年前にはじめて会った時より大人になり、そして男らしくなった。きっと真野先生の息子じゃなかったら、一夜くらい誘っていたかもしれない。  ま、誘うことも誘われることも百パーセントありえないので、今日も浮島は正一に頼む。 「な、正一くん、コレ貼るのお願い」  語尾にハートマークをつけたような声色で、正一にウインクしながら湿布を渡す。浮島はヒョウ柄のパンツを脱いで、ベッドの上でうつ伏せになった。 「浮島さん、パンツダサすぎ……って、うわっ。なんか尻に手形ついてるっ」 「まじ? ったくあの野郎、人のケツをがっちりホールドするわバチバチ叩くわ……死ね」  チッ、と舌打ちする。 「……まだそんなことしてるの、浮島さん」  浮島の遊び相手に対する舌打ちだけは、正一もなぜか寛容である。  正一は浮島に痛む場所を何回も確認し、丁寧に患部へと湿布を貼ってくれた。これまでに何度も湿布貼りを任せているので、不器用な男もこの作業だけは的確なのだ。 「こんなことばっかりしてたら……父さんが泣くよ」 「泣かねえよ。死んでるんだから」  死んでしまったら、泣くこともできない。  腰に湿布を貼ってくれる男の指を感じながら、浮島は十年前のことを思いだす。  正一とはじめて会ったのは、浮島が大学三年生の時。九月の頭――真野先生の四十九日の法要が終わった直後の月命日だった。  夏の名残が漂う暑い日で、頭から水でもかぶりてえなあ、なんて考えながら、恋人の眠るお墓に赴いた時のことだ。
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