たいした恋じゃない

10/227
前へ
/227ページ
次へ
 天地がひっくり返ったって正一とは寝ないだろうし、そういう雰囲気にもならないんだろうなと思うと、昔の恋人の息子とはいえ、気が楽である。  ふと、正一が借りたいと言ってきた本のタイトルを見て、ギョッとする。 『なぜ男は不倫をする?』 『夫に不倫された妻のゆくえ、家族のゆくえ』 『不倫は罪なのか』 『楽しい不倫、苦しい不倫』 『不倫学』  社会学系の書架スペースにある書籍ばかりだ。大学とは『不倫』さえ学問にできるらしいことを知ったのは、図書館の職員として働き出してからである。  それにしてもなぜーー。  手を止め、おそるおそる見上げると、じっとこちらに視線を送ってくる正一と目が合う。 「浮島さんに、ずっと訊きたかったんだ」  真剣な目が、浮島を捉える。もの言いたさげな目は、あの人に似ているかもしれない……と一瞬思ってしまう。ゴクリと唾を飲むと、思いのほか音が顕著に自分の耳へと届いた。  カウンターに両手を乗せた正一が、真摯な声で訊いてくる。 「浮島さん、オレの父さんと不倫してただろ。父さんが死ぬ直前まで」
/227ページ

最初のコメントを投稿しよう!

606人が本棚に入れています
本棚に追加