たいした恋じゃない

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 正一が遊びに来るようになった当初のこと。  冷蔵庫の中身が湿布と飴だけだったり、セフレの精液がついた服を着て外出しようとしたり、ホコリまみれのゴキブリのミイラがシンクの下から出てきたりーーーーそういった生活能力の低さを見せつけてしまった浮島は、正一からかなり呆れられた。  洗濯機の中にキノコが生えていた時なんかは、その日一日、何を話しかけても「最悪」としか返ってこなかった。  それからというもの、正一は買い出しや洗濯、掃除に料理と、頼んでもいないのに何から何まで(不器用だけど)やってくれるようになったのだ。  湯気の立つどんぶりの中で泳いでいるのは、醤油ラーメンである。麺とスープの上に、買ってきたチャーシューと煮卵、ムカデのように繋がったネギが乗っている。料理がヘタクソな正一の、渾身の料理だ。  だが、浮島はもっと料理ができないので、文句は言わず出されたものを食べるだけだ。  まだちょっとしか食べれていないアイスを取り上げられて不服である。だが、浮島はとりあえずスースーする刺激から離れ、正一の作ったラーメンを選ぶ。  二人でラーメンを食べながらテレビ番組を見ていると、突然不倫した国会議員が辞職するというニュース速報がテロップで流れた。  これにわかりやすく反応したのは、正一だ。ゴフォッと何かが爆発したようにむせたあと、ネギや汁を卓の上にまき散らすわ、鼻から麺が飛び出すわで、急に一人忙しそうに動き出した。 「なにやってんだおまえ」  ラーメンを食べながら、「ほれ」と自分寄りの箱ティッシュを足で正一の近くにやる。 「ん」  顔とテーブルをティッシュで拭いたあと、正一はゴホンッと咳をひとつして、何事もなかったかのようにラーメンに戻った。  清潔感のある男らしい顔つきの正一の鼻の下に、まだ拭ききれていないネギがホクロのようにちょこんとついている。こらえきれなくなって、今度は浮島が爆発した。 「ぶははははははっ!」 「え、なに」  よじれる腹筋を押さえながら、正一のホクロと化したネギをとってやる。綺麗に整えられた正一の眉毛が、バカにされた子どもがいじけるみたいにひん曲がった。
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