たいした恋じゃない

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 正一は面倒見がいいし、ブレない純なものが根っこにあるけれど、手先は不器用だし、こうやって抜けているところがある。本人が気づいていないところが可愛いというか、天然というか。  自分とは違い、全体的に印象も濃い。存在感に体毛、そして線の太さも、まるで生の象徴のように生命力であふれている。それなのにもっさりしていない、品の良さもある。  浮島はそういう対象としては見れないが、まわりの女性は放っておかないはずだ。 「それにしても、さっきのはウケたなあ。フリンの本ばっか借りようとすんなよ。あれ、おまえの履歴に残るんだぜ」 「……しょうがないじゃん」  夕方、貸出カウンターにやってきた正一が借りようとした本は、すべて不倫にまつわるものだった。そしてこの愚直な男は、不倫の本に背中を押してもらい、あろうことか図書館の静寂の中、浮島に訊ねてきたのである。  ――浮島さん、父さんと不倫してただろ。父さんが死ぬ直前まで。  あまりの真剣な面持ちに一瞬ひるみそうになったけれど、そこはこちらが大人。正一の手が不倫の本の上でぷるぷると震えていることに気づいておかしくなり、盛大に噴き出してしまった。そして余裕の顔でこう答えた。 「してたけど?」  否定されるとばかり思っていたらしく、肯定された場合の次に続ける言葉を考えていなかったという。  浮島が頬杖をつきながら「それで?」と逆に訊き返すと、 「あ……う、うん。今日は五限までだから夜ご飯作りにいく。浮島さん……またヘンなもの食べてそうだし」  と、謎の心配に転嫁させて、図書館から去っていった。不倫の本は結局借りなかった。 「あの子、よくここに来ますよね。カッコイイっていうか、可愛いっていうか……大きいのになんか守ってあげたくなっちゃう」  トボトボと帰っていく正一の背中を見てこう評していたのは丸美だ。浮島と正一の会話もしっかり聞いていたらしく、「で、本当に不倫してたんですか? あの子のお父さんと」と小声で訊いてきた。
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