たいした恋じゃない

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 手桶を取りに行こうと寺の水汲み場へ向かうと、一人の少年がいた。まだ小学生か中学生か……背は年のわりに高いけれど、あどけなさの残る横顔が、寂しそうに見えた。  浮島が見ているとも知らず、その少年は水道から手桶に水を入れると、なんといきなりそれを頭からザバッとかぶったのだ。  修行僧のような涼み方に、かなりびっくりした。  だが浮島もここに来るまでに暑さでだいぶやられていたからか、思わず声をかけてしまった。 「いいねそれ。気持ちよさそう」  こちらを振り向いた少年は、浮島の線の細い顔と低い声のギャップに驚いたようすで、目をパチパチとさせた。 「え、男っ? 女っ?」  ずいぶんと失礼な第一声である。  さすがに頭から水をかぶることはできないので、浮島は手桶に水を張り、その中に両手を浸すことで涼を得ることにした。  涼んでいるあいだ、浮島は水のしたたる少年といろんな話をした。くせっ毛から垂れるきらきらとまぶしい雫を、時折盗み見ながら……。  少年は母親とともに父親の墓参りに来たと言った。今は仏花を買いに行っている母親の帰りを待っているのだと。 「お兄さんはだれのお墓参りに来たの?」 「おれは……先生かな」  恋人、と言わなかった自分を、あとで何度褒めたことか。その時はまだ、少年が真野先生の息子だとは知らなかった。  なんとなく立ち上がるタイミングを逃し、二人で水汲み場で屈みながら当たり障りのない話をしていると、後ろで車のクラクションが鳴った。  水汲み場のすぐ側は寺の私有地ではあるが、車がギリギリ一台通れるほどの細い道になっている。『用の無い車の通行禁止』の立看板を見る限り、近道になっていたのだろう。  そんな道に浮島たちの体がはみ出ていたのが邪魔だったらしく、公道から荒い運転で侵入してきたセダンの運転手が、『退け退け』と言うように、二人の背中にクラクションを鳴らしてきたのだ。  運転手は真野先生と同じくらいの、中年と初老のあいだくらいの男だった。
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