たいした恋じゃない

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 去っていく車の後ろ姿を睨みながら、浮島は「チッ」と舌打ちをした。 「死ねよ、クソジジイ」  すると浮島の発言を聞いた少年は、突如「死ねなんて簡単に言わないで」と不機嫌に言い出した。 「じゃあなんて言えばいいんだよ。言わなかったら、殺すしかなくなっちゃうじゃん」 「殺しちゃダメだよ!」 「だ・か・ら、こっちは犯罪者にならないように『死ね』つって発散させてんだろーが」 「で、でも……っ」 「じゃあ怒りを我慢しろってか? 冗談じゃねえ。こっちがストレスで死ぬわ」 「そ、それでも……っ、『死ね』って言っちゃダメなんだよ!」  少年のまつ毛にしがみつく水滴が、まばたきによってポタリと落ちる。泣いているみたいだった。  まっすぐな目で見られると、イライラした。浮島は少年から逃げるように、わざと空に向かって叫んだ。 「あー腹立つわ、今のクソジジイ。死ねー死ねー死ねー。電柱に激突して死んじまえー」  浮島が言葉を放った先には、卒塔婆をたずさえた墓がずらりと広がっていた。  だが、死んだ人達の眠る墓地に向かって言ったところで、「死ね」という言葉は瞬く間に消え去り、意味を捨ててしまう。  少年はじわじわと涙をため、「ばか野郎!」と言いながら浮島の体をポカポカと叩いてきた。 「死ねって言って、今の車の人がホントに死んじゃったらどうするんだよっ!」 「どうもしねーよ。おれが死ねって言ったから死ぬわけじゃないし」 「ひどいっ! ひどいよ……っ!」  自分本位に痴漢してきたオッサンやレイプまがいのことをしてきた同級生を返り討ちにして泣かせたことは何度もあったけれど、自分より下の子どもを泣かせたのは、これが初めてだった。  しかも父親を亡くしたばかりの少年をーーである。  罪悪感に似た気持ちを抱いたかもしれないが、この後のことを浮島はあまり覚えていない。仏花を買いに行っていた少年の母親が戻ってきたからだ。
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