たいした恋じゃない

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 そのあと母子と別れ、浮島は一人で真野先生の墓へと向かった。しかしそこですぐに再会したのが、あの少年と母親だった。 「あらまあ主人の教え子の方でしたか」  と、少年の母親もとい真野先生の妻は、墓前で浮島に向かって丁寧に頭を下げた。細身の体と後ろで一つに束ねた髪は一見貧相だし、夫の闘病生活と死後の後始末で、疲労がたまっているのだろう。白髪がよく目立っていた。  だが、微笑みを浮かべる口元の薄い小じわには、『妻』を全うした芯の強さと優しさがにじみ出ていた。綺麗だと思った。  ツンとした湿布のにおいに引き戻され、浮島は目を開ける。どうやら少し眠っていたらしい。「起きた?」と正一の低い声がした。 「やべ……寝てた。あ、湿布サンキュ」 「ん。浮島さんが寝てるあいだにいつもののど飴買ってきたけどーーって、な、なに?」  無意識に正一をじっくりと観察していたらしい。浮島の視線に気づいた正一が顔を赤くしてうつむいた。 「いんや、夢みてたから。正一と初めて会った時の」 「あ、ああ……」  正一はこちらの視線から逃げるように猫背になり、のど飴の袋を開けようとしている。なかなか封を切れないのか、ガサガサと袋を切ろうとしている音が、正一の手先から生まれる。 「今考えるとヘンな話だよな。死んだ男の墓前で、その奥さんと息子と不倫相手が仲良く三人一緒に手合わせてたんだぜ。あの時」  墓の前で母子と再会した浮島は、「どうぞご一緒に」と真野先生の妻に促されて一緒に線香をあげさせてもらった。ただの教え子だと信じて疑わなかったのだろう。  正一の家庭教師をすることになったのも、この後すぐのことだ。  泣かせてしまった手前、すっかり嫌われたと思っていた。けれど、中学生になり成績をガクンと落とした正一が、母親経由で家庭教師に浮島を指名してきたのだった。  
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