たいした恋じゃない

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 中学三年生になると、正一の身長は成績とは反対にぐんぐんと伸びていった。 「こんなに小さかったっけ、浮島さん」  と言われた日には、家庭教師らしく宿題をたんまり出してやったのもいい思い出である。  同時にこの頃からだった気がする。浮島が男遊びにハマっていったのはーー。  何がきっかけだったのかも、今となっては思い出せない。ただ、真野先生が亡くなってからというもの、それまで途切れたことのなかった恋人が急にできなくなったのだ。  未練がましく『作らない』なんて宣言はしていないのに、自分の中にある何かがまったく揺れないのである。  いいな、と思う相手はいくらでもいるのに、動かない。自分のある部分がまったく動いてくれなかったのだ。  その反動なのか、性欲だけはバカみたいに右肩上がりだった。 しかも人間の欲望というものは無駄に向上心が高いらしく、快感を知れば知るほど「もっと、もっと」とさらに上の欲望を目指すようになってしまった。  持て余した性欲をちょっとだけ発散させるつもりで始めた遊びは、徐々に量が増え、質も濃くなっていった。  性質の悪いことに、行為の際、叶わなかった真野先生との交わりを想像すると、動かなくなってしまった部分がわずかに揺らぐことも……いつからか浮島は知ってしまった。  性欲を満たすための浮島の遊びに、正一も薄々と気づいていたと思う。浮島はこの当時、いつも正一の勉強を見ている時に、気だるげに腰をさすっていたからだ。  何か聞きたそうな顔をするくせに、正一はこらえるようにグッと口をつむんでは、その日の学校での出来事を笑って話していた。  関係のない話をして、浮島に漂う『遊び』の名残りから目を逸らすように。  そんな正一に決定打を突きつけた日のことを思い返すと、今でも豆粒ほどの良心が痛む。  正一が中学三年生の、秋頃だった。 その頃、正一の母親が在宅の仕事を始めた影響で、それまで真野家で見ていた勉強を、場所を移して浮島のアパートで行っていた。  ある日の夜、ちょうどセフレとして半年ほど付き合っていた男が、突然浮島の部屋へと酔って押しかけて来たのである。正一との約束の時間まで、あと一時間のことだった。
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